老徒流・辺酊乱 採臭奇行 '95･8･16
福島県長久木のクリノゾイサイトと蒼鉛
筆者の畏友高田雅介が主宰している鉱物オタク向けミニコミ「ペグマタイト」に小室吉朗・鈴木保光氏の「福島県塙町長久木の蒼鉛ーテルル鉱物」なる記事がでた。われわれの間でぜひ行こうと声が挙がったが、この記事だけではどうも産地にたどりつけそうにない。発表者のひとりで、日立市に居を構える地元の有名なコレクター鈴木氏は京都の大江理工社と縁が深く、その意味では筆者とも関係がなくもないのだが、直接のつきあいはない。Ｋ老は流石年の功、鈴木氏がガキの頃からよく知っているというので（じつはＫ老は日立鉱山勤務で日立市に住んだことがあるのだ）、さっそく連絡をとってもらう。 Ｋ老の恫喝に屈したか、無事鈴木氏が案内してくれることになったというので、８月13日の日曜日に行くことにした。なにしろ、ここ数回ボーズがつづいているのでいささか欲求不満になっているのだ。日曜日午前４時に迎えにくるという。 わが奥多摩の後輩にも誘いをかけるが、かれは盆休みで実家の岩手に帰るというのでパス。
４時ピタリにわが家にＫ、Ｗ氏来訪し、コーヒーで眠気を覚ませたあと寝静まったわが家を出発。 ７時まえに鈴木氏の家の玄関前到着。ちょうどいい具合に向かいにコンビニがあり食料調達。せっかく来たのだからということで、鈴木氏の家に上がらせてもらう。さっそく長久木のサンプル拝見。蒼鉛や金もさることながらクリノゾイサイトの頭付きの１センチクラスの立派な結晶が角箱にびっしりと並べてあるのに仰天。昔矢塚とか片貝とかいう産地名（これらは間違いで、正確には長久木だそうだ）の付いたクリノゾイサイトの結晶を買ったか貰ったことがあるが、いずれもこんな端正な結晶でなかったような気がする。ところでこれらは本当にクリノゾイサイトなのであろうか。見た感じでは福島県中津川の緑簾石そっくりである。まあ、ほとんど同じ様なもの（同一構造でアルミニウムイオンを１個鉄イオンに置換したかどうか）だからどっちでもいいがー また氏のオハコである御斉所鉱山の希産鉱物などのお土産もいただき感激。
氏の部屋もちょっと見せていただいた。いずこもおなじ秋の夕暮れで、石の棚が四周うずたかく詰まれ、さらにそれからあふれでた標本でさして広くはない部屋が埋め尽くされ、いかに標本収納に苦労しているかが一目瞭然である。標本類をじっくりとみたいのは山々なれど、本日の目的はそこになく採集だから、心をあとに残し出発である。
さて長久木はクリノゾイサイトの産地として著名であるが、もう絶産と思われていた。近年木材切り出しのための切り通しができ、そこの露頭から多産するとのことでそこに赴く。県境を越えてしばらく行った県道のすぐ脇にクルマを止める。ここから右の小山に五分も登るとそこが産地である。残念ながら、というか怠け癖のため地図との対比を行わず、ひたすら案内まかせなので、ここがそもそもどの辺に位置するかも定かでない。 狭い切り通しにはスカルンの転石が散在。大半が褐色の風化したざくろ石（灰礬ざくろ石ということになっているが色調からは灰鉄ざくろ石のようにもみえる）の数ミリから１センチほどの結晶集合で、個々の結晶は入り組み合って１、２面しかわからず、またぼろぼろになっており、美麗とはいいがたい。このざくろ石に伴ったり、石英に伴ったりして数センチ長の灰緑色不透明のクリノゾイサイトの柱状結晶も多数みられる。埋没型のものなので、結晶面は不完全でもちろん端面はない。 切り通しの左の数メートル上の方に先人が掘ったところがあり、そこからの土砂が切り通しまできて、ちょっとしたズリのようになっている。ここの土砂中にときにクリノゾイサイトの小さいながら深緑色透明の端正な端面付き結晶があるというのである。
まずは表面採集。しかしながらクリノゾイサイト結晶のカケラはいくらでもみつかるが、やはりきちんとした柱状のものは少ないし、ましてや端面付きなどみつかるわけがない。したがって土砂中を探すわけで、そのため目の細かい篩(ﾌﾙｲ)が必須となる。 そのまえにちょっと露頭を覗いてみる。ぼろぼろのざくろ石で、数十センチ掘り込まれている。もっと掘って新鮮なところを採ろうとしたが、木の根が邪魔でなかなか掘り進めない。自然保護の徒たる筆者としてはそれ以上は断念せざるをえなかった。ただ、小さいながらざくろ石塊にはときに小さい細い隙間があり、それに面しては良好な結晶がみられる。また、１センチ以下のクリーム色の斑点がときにみられるが、これは灰重石とのこと。八面体結晶のはずだが、表面はがさがさになってもろく、あまりクリアーな結晶とはいえない。
いよいよ篩とシャベルの登板である。泥にまみれているから結晶があっても細かいものは泥をかぶって見逃すことが多いという。したがって篩ったあとの砂ごと持って帰り、細かいものは家で探せというのが鈴木センセイの教えである。Ｗ、Ｋ氏は見逃しようのない大きなものだけを探すつもりか、教えを無視。筆者は忠実に篩って探したあと、その砂をバッグに詰める。 まずはセンセイがお手本、さっそく数ミリと小さいながら端面のついた結晶をみつけ、お裾分けにあずかる。
実際やってみると、たまに柱状のきれいなものがひっかかってくるが、指で泥を落とすと端面が欠けている。それでも飽きずに土方作業をつづける。泥をかぶって見にくいうえ、篩の目詰まりが激しく、これならポリタンで水を運んで、ここで水洗いまでやってしまう方が効率的なようである。 最初に歓声を挙げたのはＷ氏で７、８ミリほどの結晶。ついでＫ氏、これは大きい。ほぼ１センチに達しているのでなかろうか。このあともかれらはこのクラスの端面付き結晶数個ずつは採集したようである。ところが筆者のにはひとつも明瞭な端面付き結晶は姿を現さない。こうなると頼みの綱は帰ってからの砂洗いのみである。
昼近くなってたいていのものでは驚かないはずのセンセイが歓声を挙げた。なんと驚異の頭付き２センチ！いや３センチ？ 12時に次の地点に行くということで、最後の追い込み。ようやく筆者も１センチを越す結晶を得たが、端正とはいいがたいいびつな細長い結晶で、本日のミソッカス確定である。
さて、ここを離れて県道に戻る。元来た道を引き返して川のそばにクルマを止める。この川の転石を探すのだが、まずは昼食。 川に降りる。県道山側のどこかに旧坑があり、そこから流れてきたのだろうという。県道から下流側100メートルほどの間が一番いいらしい。 三十センチほどの水深があり、膝までじゃぶじゃぶで転石を探すのだが、いまは真夏でさして気にならない。もっとも流れも速く、上からではなかなかわかりづらい。 石英の 3､40 センチの転石が多いが、真っ白なものは不毛石英でダメ。褐色になっている部分があり、これは割ってみると淡緑色で、透輝石（灰鉄輝石？）が多量に混入しているらしい。これと白い石英との境目あたりにしばしば蒼鉛鉱物が来るとのこと。またざくろ石も多く、とくに淡緑色の部分には散在して入っていることがあり、うまく割り出すと５ミリから１センチの美晶が頭を出すが、飛んでしまうことも多い。石英中にざくろ石の結晶集合が脈状に入っていることがあるが、この場合は完晶を得るのは困難。また石英ー透輝石中にクリーム色の長さ１センチほどの細柱状のものがみられるが（結晶面はみえない）、これは透角閃石であろうか？
さて、ここの狙いはいうまでもなく自然蒼鉛、ホセ鉱Ａ、輝蒼鉛鉱、それにそれらに伴う自然金である。鈴木氏の自宅で見本を見せてもらったが、肉眼サイズとはいえまことに小さいものである。それでもその見本がビッグサイズというのだから、普通サイズのものはルーペで辛うじてみられるかどうかであろう。筆者の視力では容易でなさそうだ。 筆者とＷ氏が下流におりていって探す。しばらくして鈴木氏から蒼鉛鉱物が見つかったといって見本を持ってきてくれた。Ｗ氏がなるほどといってうなずくが、筆者には細かすぎてピンとこない。やがてＷ氏が自力で発見、肉眼サイズだとご満悦であるが、これでも筆者にはピンと来ない。仕方なくざくろ石探しをする。石英の小塊を割ると、ざくろ石の 1.5 センチの美晶が頭を出し、はっと息を飲む。上流に戻ると、鈴木氏の示唆でＫ氏が蒼鉛鉱物をみつけたといって、大量に小割している。しかしながらそのサンプルに含まれているという蒼鉛鉱物は、どうみても筆者には肉眼で確認しがたいものだった。これをみて蒼鉛鉱物をきっぱり諦め、「ざくろ石探しに転向する」とみなに宣言して、Ｋ氏の脇にあった石英ー透輝石ーざくろ石塊に、ざくろ石目当てにハンマーを入れる。その瞬間！ 割れ口がきらっと光った。これぞ肉眼サイズ、２ミリの自然蒼鉛だ。間髪を入れず、その片割れをＫ氏が確保。こういうところは抜け目がなく焼跡闇市派の面目躍如である。さっそく、この残った小塊を細かく割ってみたが、結局蒼鉛鉱物はこの２ミリの一片だけだった。僥倖というべきか無欲の勝利というべきか。その回りに付いている黒い板状のものがホセ鉱だというが、筆者の視力では２ミリの蒼鉛が限界のようだ。いずれにせよ江戸の仇は長崎で。クリノゾイサイトがダメだった分をなんとか補填した。まあ蒼鉛がこの程度だから金粒はカケラもみつからなかったのはやむをえないか。 時刻は３時、今回の採集量は多い。といっても通常の採集物だけでなくバッグいっぱいの砂を持っての帰還だからだ。
帰路、県境近くの養鶏農家に立ち寄る。ここでは有精卵を一個50円で売っており、鈴木氏はいつもここへくると買って帰るという。われわれも真似をすることにする。 日立市で鈴木氏に別れを告げ、一路高速を走るもお盆の影響か結構渋滞している。途中のＳ・Ａでラーメン。喰い終わるとまた渋滞街道だが、腹がくちると瞼が重くなり、いつしか白河夜船で気がつけばもうわが家だった。 Ｗさん、毎度お世話さまでした。鈴木さん、ご案内ありがとうございました。
＜後日譚＞
帰ったその夜、とりあえず砂以外のサンプルの水洗い。そして翌日の夜さっそく、砂を洗う。時間がかかり、そう簡単にでてくるものでないが、それでもバッグいっぱいの砂を洗うと、いくつかは頭付きがでてきた。もちろん巨大なものはない。端面の完全なものは５ミリ前後のものが約二十本。うち数本は不完全ながら両頭である。ただし、このなかには端正な端面だけでなく、頭が平行連晶になっているのを含めている。不完全な頭付きはこの倍以上はある。出色は偏平薄板細長結晶があったことである。うち二本が頭付きで、一見洞戸の透輝石そっくりである。長さは５ミリ程度と小さいのが残念。また灰重石の不完全ながら１センチほどの結晶も２個あった。 そのご押入のなかをごそごそやって、前から持っていたはずのここのサンプルと比較してみることにする。台帳によると４人から入手したことになっているが、３人からの分、計十数本がみつかった（うち一人の分は緑簾石とラベルされていた）。二本は十数年まえに二千円で買った購入品だった。頭の有無を見てみたが、意外なことに５、６本は不完全ながら端面が付いていた。ただし、端正さと透明度は今回の採集品が断然優れているので大事にしよう。だれだ、透明度・端正さと大きさは理論的にも実際にも反比例するのが当たり前だという奴は！
＜完＞