鉱物編 − 鉱物関連駄稿一覧、解題

忠臣蔵と櫻井欽一先生

師走である。 日本ではめっきり寒くなり、はや街角にはクリスマスソングが喧しいことだろう。 師走は「忠臣蔵」のクライマックス、本所深川吉良屋敷への討入の季でもあるし、「忠臣蔵」というと、ゆくりなくもわが櫻井欽一先生の温顔を思い出す。

私は小さい頃から「忠臣蔵」事件には、いかがわしさというか、おぞましさというか、なんともいいいようのない厭な感じを受けたものである。 つまり、理由はどうあれ老人にいきなり刃物で襲いかかり、あまつさえ、それに失敗したからといって、処罰された加害者の手下が徒党を組んで、難を逃れたその被害者の屋敷に乱入し斬殺するというのはあんまりじゃあないかという思いだし、それ以上にそんなことに拍手喝采、熱狂する日本人とは一体何なんだという砂を噛むような索漠とした不快感であった。 考えてみれば、この事件には奇怪なことが多すぎる。 (ところもあろうに殿中で切りかかれば、お家断絶になり家臣が路頭に迷うのは自明の理でないか、浅野というのは余程暗愚な人に違いない) (しかも相手は老人で、後ろからの不意打ち、これで致命傷も与えられないというのはお粗末きわまりない) そういう風に考えて行くと刃傷の原因にも疑問がもたれてくる (浅野が公式の場で失態を犯せばその責任は指南役の吉良に行くはず、だから吉良は浅野を厳しく指導したかもしれないが、出鱈目な指示などするわけがない) (となると<遺恨>なるものは、要するにできのわるい生徒の、熱心な教師への逆恨みではないのか!或いは浅野は妄想性精神病者だったのでないか) 英雄視される大石内蔵助にも疑問が湧いてくる (お粗末な殿様をコントロールするのが家老の職務のはず、大石はふだんなにをしていたのだ) 吉良と並ぶ希代の悪役大野九郎兵衛の扱いも腑に落ちない。 (篭城だ、切腹だと騒ぎ、大野を追い出した連中は、結局大野の唱えた城明け渡し・お家再興運動路線をとった。変節漢は大石一派のほうだのに、なぜ大野が卑怯者扱いされねばならないのか)

数年まえ勤務先と縁のある某業界誌からなにか随筆を書けと請われて、年末ということもあり、ふだんから憤懣やるかたないこの「忠臣蔵」について書くこととした。 そこで短い随筆であるにもかかわらず、かたっぱしからいろんな文献を読みだしたのだが(私は凝り性なのだ)、ふと櫻井欽一先生の「蟇石庵偽曲」という創作戯曲集のことを思いだした。 先生が十数年まえに倒れられたとき病床で想を練られ、快気祝いとして印刷製本し関係者に配布されたのだが、そのなかに忠臣蔵について書かれたものが確かあったのだ。 ただ、先生はチャキチャキの江戸っ子で、なうての歌舞伎通である。吉良悪人説を流布させた元凶は歌舞伎であり、大石一派を義士だ義士だと持ち上げたのは江戸の町民だから、先生もどうせまたぞろ吉良を悪者に仕立てあげているのだろうと端から思い込んで読みもせず本棚に押し込んだことを思いだしたのだ。 だが、忠臣蔵について書く以上、こればかりはいかに恩義ある大先生といえど承服できないと思い、先生と格闘するつもりで「蟇石庵偽曲」を取りだし、そのなかの「吉良上野介」を読みだした。

全く予想外だった。先生に裏切られてしまった。 先生は吉良公が心優しい人格者であり、領民から慕われていた名君であったことを十分ご存知であった。浅野がどうしようもない愚君であることもご承知であった。 格式ばった公務より自領吉良の百姓と酒酌み交わすほうを好む公の姿、浅野の切腹とお家断絶をむしろ気の毒に思う公の姿、外道の逆恨みから公を狙う浪士たちにおびえるよりも、吉良名産の雲母の鉱量低下を憂い、領民の生活に思いを馳せる公の姿を、公の用人や侍女の視点から描いている。 浅野浪士は鬼じゃ、夜叉じゃ、悪黨じゃ、殿様を返せーと号泣しながら用人と侍女が公の遺体にとりすがるところで幕となるのであった。 私は先生の卓越した創作面での筆力と反骨精神がここにも遺憾なく発揮されているのを知り感激したのである。

他の三編のうちでは、個人的興味からは「宇喜多秀家」が面白い。勝者敗者にかかわりなく関ヶ原合戦の関係者がすべて亡くなったあとも孤島に生きのびた敗軍の将の生涯を描いたものであるが、場数が多すぎてやや散漫のそしりをまぬがれないかもしれない。 ただ江戸っ子の先生は当然にも家康贔屓、東軍贔屓だろうという予想はうれしいことにここでも外れた。 なお、端役ではあるが、「吉良上野介」では小室義郎、「宇喜多秀家」では後藤眞介、鈴木保満、小堀秀道等という石人名をもじった人物も登場し、先生の茶目っ気が微笑しい。

私の「忠臣蔵雑考」と題した駄文は先生の作品にも触れたので、先生にその駄文をお届けしたのだが大変喜んでくださった。 「蟇石庵偽曲」は快気祝いという性格上、あまり世間に知られることなく、評判になることもなかったが、先生は心秘かに相当の自負を持っておられたのでないかと思うし、とりわけ「吉良上野介」はそれだけの価値のある作品だと思う。 忠臣蔵もかつてのような一方的な吉良悪人説は最近では少なくなってきた。 市民レベルでもいつか吉良復権、名誉回復がなされるだろう。鉱物趣味が市民権を確立する日とどちらが早いかはわからないがー

平成五年十月六日、櫻井欽一先生長逝、アマチュア鉱物界最後の巨星墜つ! 鉱物の神様、櫻井先生の知られざる一面を紹介して本稿を終える。合掌。

(1994年12月14日ーハワイ・ホノルルにて)