鉱物編 − 鉱物関連駄稿一覧、解題

恵那の惨忍組

夏からの国外追放との内命を受け打ち沈んでいた4月某日、K老から久々に電話があった。 恵那に行かないかというのである。 河野氏が昨年日本離れしたみごとなベリルを恵那で採集したといってみなにみせびらかせていたのだが、その詳しい産出地点をW氏が河野氏から聞きだしたので、もう一匹ドジョウを探しだそうというわけである。 もう採集はやめて英会話の勉強に専念すると決意したはずなのだが、あのベリルと聞くなり決意は雲散霧消し、うわずった声でお願いしますと答えてしまった。 産出した露頭は狭いところなので、M氏、学生氏に声をかけるかどうかは一任するとのことだった。 判断はむつかしい。

5人で行った方が一人当たりの経費は安くつく。だが人数が増えたからといってベリルの採集本数が増えるとは思えないので、人数が増えるとベリルの入手確率は下がってしまう。 思案の末、若者にはまだ将来があり、ベリルは中高年優先ということで声をかけるのをやめ、賛仁組で行くこととした。第一筆者は夏から「ベリル=辺離流」なのである。

4月22日深夜、K老とW氏がわが家に結集。23日午前1時、3名の中高年軍団はW車でさっそうと出陣したのであった。 車中、さっそくウオークマンを取り出し英会話の勉強を始めようとしたのであるが、K老とW氏は石人の真偽定かならぬスキャンダル話を始めた。どう考えてもこちらの方が面白く、ついに英会話の勉強は断念する。

早朝、ベリル産出現場に到着。 何の変哲もない農道の峠付近の土砂採り場のようなところである。 高さ5メートル、幅20メートルほどの半ばマサ化した花崗岩の壁があり、このどこかから河野氏は口の開いた晶洞を発見し幼児の小指大の無色透明端面完備のベリル美晶、いわゆるアクアマリンを採ったというのだ。 しかしながらわれわれの眼前にある崖にはペグマタイトの細脈がいくつか見られるものの大きな晶洞があるという感じはとてもしない。 それでも気を取り直し、崖の細脈を崩していったのだが、たまにごく小さい煙水晶のカケラがでる程度で、ベリルのベもでてこない。一時間後、ついにここを断念、撤退のやむなきに到る。やはり二番煎じを狙ってもダメだとの結論に達し、敗残兵のごとく去っていくのだった。

つぎはどこに行くか。まだ7時まえ、時間はたっぷりある。有名な薬研山のサファイアに挑むことにする。 薬研山は戦時中鉄リシア雲母を試掘したところから青いサファイアがでたので有名であるが、そことは別に近年になって馬止川の上流でダム工事の際にでた鉄リシア雲母に伴って白いサファイアがでたという。W氏は昔訪山したことがあり、そこなら案内できるというのでさっそくそこに赴く。 さて、徒歩20分でダムというか堰堤の上にでた。この谷間に散在する転石を探るのだが、結局サファイアは得られず、それどころか確信をもって鉄リシア雲母だといえるものも見つからなかった。昔はたまにあったのにーとW氏がぼやく。それでもなおあきらめず道ではなく川を下りながら探すことにするが、所詮無駄なあがきであった。

それなら、というので文献古地図をもとに本家本元の薬研山の採掘跡に行くことにする。時刻はまだ8時。 地図にプロットされたあたりを右往左往し、鉄リシア雲母の入った転石はいくつか散在しているところまでは行き着けたが、露頭、採掘跡、ズリといった明白な遺跡は不明のままで、当然青いサファイアも幻に終わった。

3箇所つづけてオケラと来てはさすがにがっくりくる。 昨夏、大成果を挙げた湯ノ島温泉の上流で夢よもう一度でトパズ掘りをしようということになった。ここなら最悪でもトパズの十や二十は採れるだろう。さっそく行ってみた。 前回のところから200メートルほど上流に行くと川は左右に分かれ、右の沢は前回やったので今回は左の沢にアタックする。何ヶ所かで砂掘りを試みるがまったくひっかかってこない。結論は右の沢しかダメだということで、結局前回の後半と同様、右の沢を上ったところで砂浚いをすることになった。ただし、前回は立ち入り禁止と書いてなかったのに、今回は明記してあったことで、松茸盗掘対策ではあろうが、あまり気持ちのいいものではない。 W氏は新天地を求めてどんどん上に遡っていく。

K氏と筆者は下の方でたまたま浚ってふるってみたところ小さいながらトパズがひっかかったので、そこに腰を据えて代わりばんこに小スコップで浚ってはふるう。したがって確率的には同質同量採集できるはずだ。 結局2時間ほどでそれぞれ小さいトパズをそれぞれ二十個強採ったのだが、けしからんことに質が違う。大きいものやきれいなもの、青味がかったものなど目立ったものはすべてK老に行ってしまった。 もう昼なのでW氏を探しに上流に遡っていくと上から降りてくるW氏にあった。砂浚いはせず、もっぱら川底に落ちていたものを拾ったといってかなり大きい(とはいっても1、2センチ)トパズをいくつか採集していたのはさすがである。 W氏、帰る直前、われわれがもう浚いつくしたと思っていた場所を、どれどれ念のためといって浚ったところトパズの他6、7センチはあろうというみごとな水晶を採集、愕然とさせた。 さて、もう帰る時間であるが、前回前々回とお世話になった湯ノ島温泉そばのポイントを見ていくことにする。なんせここで延べ11人が大小とりまぜ合計1000個からのトパズを採集したのであるからお詣りくらいはしておいたほうがいいだろうと思ったのである。 川の地形はもはや変わっており、われわれが浚った砂がうずたかく川岸に積まれていた。

突如W氏がアレーという奇声を挙げた。積まれた砂の上に白い石英のような小塊があり、それを何の気なしにひょいと拾い上げてひっくりかえしてみたら、なんと4センチに達しようという大トパズの結晶だったのである。 だれだ、せっかく浚っておきながらこれを見逃した大馬鹿モノは!

今回は結局、W氏が最後に大物を射止めたのであるが、哀れなのは筆者でござい。ベリルに釣られて英会話の勉強も放棄し、高い経費をかけてやってきたのにほとんどてぶらで帰る羽目になってしまった。 夕刻京王北野駅前でおろしてもらい悄然と車中の人となったのである。あーあ。あとは復讐戦あるのみでないか、また誘ってよね、爺さん・Wさん。

<完>