鉱物編 − 鉱物関連駄稿一覧、解題

ハワイ鉱物紀行

筆者は昨年8月17日から今年の3月31日まで,ハワイに一種の遊学をする機会を得た.といっても,筆者が決して望んだわけでなく,いわば"人事の綾"で押し出されたのである. そして,「東西センター」というその道では有名なアメリカ・連邦の研究所で,『客員研究員』として環境問題の研究をやれ,ということになったのである.

そもそも,一介の行政官に過ぎない筆者に研究など,できようはずがないし,しかも大学受験以来このかた英語に触れたことがなく,カタコトすらしゃべれず,読み書きも,もはや中学レベル以下というのに,いきなり外国に行けというのだから無茶苦茶な話である. しかし,泣く子と,地頭と,人事権者には勝てず,1ヶ月間,英語研修を受けさせるから,ということで抵抗を諦めたのである. そして行った学校が「バイリンガル」,ところが,通うこと4日目にして突如倒産・閉校してしまった!

そんなわけで,筆者のハワイ生活は最初から最後まで,涙なくしては語れない,珍談・奇談・失敗談のかずかずで彩られたものだった.それでも,後半にはすっかりハワイ大好き人間になってしまい,後ろ髪引かれる思いで日本に帰ってきた.

返って3週間,逆カルチャーショックというか,いまも心はハワイに置き去りにしたままのような気がする. 珍談・奇談・失敗談の話はさておいて,鉱物談義に移ろう.

【ハワイの鉱物】

さて,ハワイの鉱物といえば,ハワイ島のオリビンが有名であるが,あいにく筆者の行先はオアフ島(ホノルル)である.

出発前,何人かの石人に,オアフ島の鉱物か或いは鉱物マニアを知らないか,と聞いてみたが,誰も首を横に振る.結局,石に関しては情報ゼロ,徒手空挙のままやってきた. 着いてまず考えたのは,ロックショップを探す事であった.標本屋があれば,きっとマニアもいるはず,と踏んだのである.さっそく電話帳を繰ってみた.1軒だけロックショップが載っていた.アラモアナである. すぐに行ってみたが,そこは水晶玉などを並べたいわば骨董屋であって,わが世界とは無縁のものであった. また,本屋でもハワイの鉱物について書かれたガイドブックのようなものは見られなかった.

筆者は,運転免許を持ってはいるものの,運転技術およびレンタカー借り上げ技術(英語!)に自信がなく,クルマなしの不便な生活を送った.そのため休日などもアパートでごろごろしていることが多かった.

家族がいたり(一応,単身赴任ではあったが,家族はしょっちゅう来ていた),日本からの来客の時は,そうもいかず,バスやタクシーなどで島内観光地めぐりをするのだが,その際はハンマーをもって鵜の目鷹の目で,崖などを見てまわった.

オアフ島は玄武岩の島であるから,その中の気泡からは何か見つかるのではないか,と期待したのであるが,そうは簡単に問屋がおろさなかった.気泡の多い玄武岩は方々にあるが,気泡の中は空っぽである.

それでも7ヶ月半も見て回ると,ささやかながらいくつかの収穫が無いわけではなかった.以下,簡単にそれらを記す.

【タートルベイの塩】

オアフ島の最北端に,タートルベイ岬というところがある.ここにはヒルトンホテルがあり,その前面はビーチになっている. 周辺の珊瑚礁石灰岩からなる岩浜には多数のポット・ホールがあり,その中に10cm以上の厚さで,真っ白な塩が溜まっていた. ルーペで見ると一応六面体の群晶になっているので,小さいポリ袋に一杯だけ採集してきた.

3月,日本へのお土産に,もっといっぱい採ってこようと出かけたのだが,奇怪なことにすっかり姿を消していた. 常夏のハワイも一応は冬があり,冬には蒸発量も小さく,そのうえ雨期で湿気も高いので雲散霧消してしまったのだろう. これがほんとの「シオもない」だ.

【ハナウマベイのオリビンサンドと炭酸石灰】

鉱物に詳しく,かつ日本語のできる人はいないかと探していたところ,或る先生からハワイ大学の海洋地質学の専門家である李教授を紹介してもらい,さっそく訪問した. 李先生は鉱物マニアではないが,日本語は達者である.李先生によると「オアフ島には鉱物マニアの喜ぶような物は何もないよ」との事であった. 非常に親切な先生で,「オリビンサンドや見映えしないが方解石くらいなら,ハナウマベイにあるから」とクルマで案内して下さった.

ハナウマベイは観光名所で,筆者も何回となく行った所であるが,それには気付かなかった. オリビンサンドはハナウマベイを少し外れた入り江などに堆積している.いわゆる鴬砂であるが,粒は小さい. また,付近の溶岩は海底火山起源のものであるが,その割れ目などに珊瑚礁起源の炭酸石灰分を含んだ熱水が通り,沈殿してできたと思われる白色の数cmの厚さの層がほうぼうにある.方解石か霰石かは定かでないが,いずれにせよ結晶していないので魅力はない.さらに,噴火の際,珊瑚礁を取り込んでできた捕獲岩のようなものもあり,なかには熱で再結晶した結晶質のものも見られた.

【カイルアベイビーチの沸石】

2月,長男とその友人が遊びに来たので,オアフ島で一番きれいな浜と評判の高い,ここへ連れてきた.実は,ここは足の便が悪く筆者もこの時が初めてであった. 評判以上のきれいなビーチで感激したが,このビーチのはずれの崖の一部に,多数の杏仁状の空隙や白色球顆があるのを見いだした.空隙や球顆は1,2cm程度のものであるが,中に沸石などの結晶が簇生している.貧弱ながら,初の沸石産地発見である.

残念ながらこの時はハンマーを持っていなかったので,翌週再訪してきた. 母岩は玄武岩質というより,一見凝灰岩のような感じがするが,単に風化しているだけかも知れない.1cm程度以下の濁沸石の詰まった晶洞が多く,この晶洞には他のものは見られない事が多い.

濁沸石には,ときおり端面も見られる. 他に5mm程度以下の白色〜無色透明のやや偏平な針状結晶(端面不明瞭)の群晶と,3mm以下の白色柱状結晶(端面明瞭)が単独で,或いは共生して見られる. いずれも,ときに褐色の皮膜をかぶっている.針状の沸石にはいろんなものがあり,肉眼鑑定は困難だが,一応「中沸石?」とラベリングしておいた. 後者は結晶形態から,剥沸石と思われる.

また,微量小粒の菱沸石と,1個体だけであるが3mm程度の輝沸石を見つけた. 採集はしなかったが,方解石も海岸の転石の空隙に見られた.また場所によっては,微小な水晶と氷長石?という組み合わせも見られた.

問題はここが非常に人の多いビーチパークである事だ.アメリカのルールは知らないが大々的に破壊活動をするのは気が引けるし,捕まったりしたらヤバイということで,ちょこちょことしか欠かせず,貧弱なものしか得られなかった. 本格的にやれば,もっといいものがでてくる可能性がないとはいえない.

【ハワイ島のオリビン】

ハワイ島のオリビンはあまりに有名である.

昨年12月末,家族でハワイ島を訪ねた.環境庁自然保護局の肝煎りで,国立歴史公園の所長の下田さんがわれわれを3日間案内してくださった.これは遊びではなく仕事(インタビュー)なのである. キラウエア火山にも行ったのであるが,例の溶岩が海に流れ落ちるところは通行止めとなっており,行けなかった.

全島溶岩で,インタビューに行く先々で溶岩にチラッと目を走らせるのだが,一向にオリビンにお目にかかれない. コナに近い街道沿いのホテルに泊まったので,仕事を終えた夕刻,ホテルのそばの広場のまわりにある転石をじっくり見てみた. ようよう,斑状の鮮やかな緑色をなすオリビンをいくつか採集できたが,最大でも5mm程度であるから標本としてはいかにもさびしい.

土産物屋に原石があるかと思ったのであるが,どうもそれもなさそうである.英語ができればいろいろ聞いて回る事もできるのだがそれもかなわず,結局この貧弱なオリビンが唯一の収穫と相成った. 握り拳大のノジュールというのはどこで出るのだろうか?

【最後に】

以上の他,筆者の肉眼鑑定では見当もつかない何種類かの鉱物が出る産地をみいだしている.いずれ採集した鉱物を調べてもらおうと思っているので,結果がでれば改めて紹介する. また,パンチボールの丘という国立墓地の近くでも,白色のチカチカする微細な群晶と白色繊維状のものを見つけて,ひとかけ持ち帰ったが,これは双眼顕微鏡で見てもよくわからない程度のものであるから,モノがなににしても大したものではない.

なお,有名なダイヤモンドヘッドは「方解石の結晶がキラキラとダイヤモンドのように輝くところから名が付いた」とガイドブックにあるが,実際に登った筆者としては眉唾と思っている.方解石などカケラもなかったのである.

ハワイ大学の構内に小さい鉱物標本が数十点展示してあるウインドウがある. ラベルもなにも付いておらず,ただゴチャゴチャと置いてあるのだが,大半が日本の鉱物である.とびっきりの絶品はないが,古典的銘柄品ばかりである.英語さえできれば誰が責任者かつきとめ,標本整理でも引き受け,謝礼に数点持って帰るところであるが,それもかなわず,時折ガラス越しに眺めるのみであった. それにしても,誰が,どこから持って来たのだろうか?

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