環境漫才への招待

環境行政と環境政治

―センセイ、××センパイが卒業したから、こんどからワタシがお相手します。お手柔らかにお願いしますね。

―そうか、もう四月だもんなあ。桜花満開、桜の樹の下には屍体が埋まっている・・・

―なんですかそれ、縁起でもないこと言わないでください。

―あ、ゴメンゴメン。教養のないきみにはわかんなかっただろうなあ。

―センセイみたいに棺桶に片足突っ込んでませんからねえ。

―きみ、××クン以上にえげつないこというねえ。ま、いいやぼくは美女にはやさしいから

―わ、うれしい。センセイなかなか人を見る眼があるんですねえ。

―悪人なおもて往生す、美女にはやさしいから醜女にはもっとやさしくすることにしてるんだ。

―へいへい、どうせワタシヤ醜女ですよ。さ、さっさと始めましょう。一月から三月まであったことちゃっちゃっと話して終りにしましょう。

―そんな事務的な・・・それじゃあ読者に悪いよ。

―どうせ誰も読まないからって××センパイも言ってましたよ。それとも読者からのフアンレターでも殺到してるっていうんですか

―そりゃ、ないもんなあ。わかったよ。はじめるよ。でもねえ、この三月間、経済も社会も政治も、国内も国外もいろんなことがありすぎて何からはじめていいかわかんないよ。

―だってセンセイのテリトリーは「環境行政」でしょう? 関係ないんじゃないですか?

―ばかなこと言っちゃいけない。環境の問題を考えるとき、政治や経済、社会、文化といったこととの関連を見なくちゃダメだよ。温暖化の問題だって、ごみの問題だってそうだし、だからこそ、総合政策学部に入ったわけだろう?(お、いいこと言うなあー自己陶酔)

―わかりましたよ。で、いろんなことって?

―BSEの問題から派生した食肉の偽装表示の問題が連日大きく取り上げられ、ついに食品業界の最大手、雪印は崩壊に追い込まれた。かと思ったら領海に侵入した国籍不明船との派手な銃撃事件があった。それと関係があるのかないのか、朝鮮総連系の金融機関が破綻して逮捕者がでるなど、北朝鮮に対する締め付けが始まるし、拉致疑惑も表面化。一方政界では真紀子更迭からムネオバッシングが華々しく始まったかと思ったら、加藤紘一から辻元清美まで不祥事が続出、コイズミ人気に翳りが生じた。経済の方は相変わらずの不況続きで金融不安も去らぬなか、いよいよペイオフがはじまった。そして昨日の横浜市長選の、長野知事選を彷彿とさせる大逆転。まさに疾風怒濤というしかないねえ。いったい日本はどうなっちゃうんだろう。

―ハイハイ、でもその一個一個を論じてたら、日が暮れちゃいますから、センセイのへそ曲りなご高説はどれかひとつだけにしてくださいね。

―じゃ、ムネオさんと外務省で行こうか。いやあ、ムネオさんはみんな悪く言うけど、功の面も言わなくっちゃ。

―(目を剥いて)えー、功なんてあるんですか?

―与党からもムネオバッシングがはじまったのは、ムネオハウスとかそういう問題じゃないよ。だって、あの程度のことはどの政治家だってやってんのだから。やり方がムネオさんの場合はあまりに露骨で粗野だっただけで。問題は絶対言っちゃいけない本音発言が暴露されたからだと思うよ。

―どういうことですか?

―北方四島については一括返還か二島先行かという議論があるのは知ってるよね。

―ええ、政府の公式見解は一括返還。ムネオは二島先行論だったからですか?

―ムネオさんは二島先行論者だと思われていたけど、じつはそれは単なる建前で、本音は返還無用論者だった。返還そのものも不要だし、返還なんか受けたらかえってお荷物になる、それよりは漁業の安全操業という実を取ったほうがいいし、そのために援助するんだとオフレコで言ったのが明らかにされて、それが政府与党の逆鱗に触れたんだと思うよ。もちろん、援助そのものでムネオさんが潤うという構造があったんだろうけどね。

―そんなこと言ったんですか。それじゃ売国奴と言われても仕方ないじゃないですか。ほんと、日本人として許せないですね。

―でもムネオさんがオフレコで言ったことは傾聴すべきだと思うよ。

―センセイまでなんですか。ワタシ授業で習いました。国家の存在意義は領土の保全と国民の安全の確保だって。

―ふうん、じゃ竹島とか尖閣列島も取り返すべきだときみは言うの?

―当然じゃないですか。なにを言ってるんですか。

―別に人も住んでないし、たいした資源もないよ

―それが国家としてのレゾンデートルなんです!

―やれやれ領土問題は昔から躓きの石だよね。でもねえ、まともな政治家ならだれも真剣にそんなことを思っていないよ。だけどそれは金輪際口に出せないことなんだ。「国家」という共同幻想はそれだけ根深いんだ。共産党だってきみと同じこと言ってるよ。でもねえ、百年まえだったら、人が住んでないし、資源もないところは、日本も中国も韓国も関心を示さなかったし、「わが国固有の領土」なんて発想自体がなかったよ。つまりきみの言う国家概念とは近世の欧米で生まれた産物なんだ。具体的には領海とか専管水域とかいうことが言われだしてからのね。鳥島だか大東島だか忘れたけど、そのずうっと南の方に小さな岩礁があって、激しい波浪でそれが崩壊して水面下になってしまう恐れがあるから、莫大なカネをかけてコンクリートで補強工事をしてるって記事を読んだことがある。領海・専管水域のからみだけど、なんか滑稽だね。鳥も魚も国境なんて意識してないし、それが自然なんだ。「国家」とは真の共産主義者なら遠い将来死滅すべきものだというし、アナーキストなら直ちに廃絶すべきものだと言ってるよ。ムネオさんはそれがわかってたかどうかは別にして、そういう国家概念の虚妄さを衝いたことが許せなかったんだと思うよ。

―だけど、北方四島には人が住んでたんだし、いまも住んでます。地下資源だってあります!

―北方四島に関して言えば、一番発言権のあるのは日本でもロシアでもないよ。「固有の領土」なんて概念ができるまえからそこに住んでいて、追い払われたアイヌの人たちだと思うよ。かれらは先祖が眠る北方四島の自然を守ることが先決だというんじゃないかな。

―ほんとセンセイってへそ曲りですね。センパイの言ってたことがよくわかったわ。でもムネオ疑惑や北方四島が環境行政と何の関係があるっていうんですか!

―きみもよく「!」を使うねえ。ヒステリックに思われるから控え目にしたほうがいい。

―ほっといてください! それより聞いたことに答えてくださいよ。

―ひとつは政治と行政の関係を見るってことだね。環境行政と環境政治はいかにあるべきかを考える材料になる。北方四島に関しては全島を環境保全と住民のエコロジカルライフ、つまり循環、共生、参加、国際的取組という環境基本法の四つのキャッチフレーズを実践する「日ロ・アイヌ国立公園」にする。そしてロシア住民と日本の旧島民、そしてアイヌの代表による委員会が管理する。もちろん必要な資金は無条件に日ロ両国が負担するってのはどうかな。気宇壮大だろう。

―ばっかばかしい。いい歳をして。

―きみきみ、きみが卒業できるかどうかはぼくの胸三寸にかかってるんだから、口はつつしむように。

―はいはい。

―はいは一度でいい。それにしても外務官僚ってのはすさまじいね。ウラガネ問題がでると因果を含めてノンキャリを切り捨て、自分たちの言うことを聞かない真紀子さんのあることないことリークして、なりふり構わず追い落とした。でムネオバッシングがはじまると、「水に落ちたイヌは打て」とばかりの仕打ちにでて自分たちだけは生き延びる算段をするんだもん、毛沢東もマッツアオだよねえ。その癖、機密費上納問題だけは絶対口を割らないんだから。それに腹が立つのはね、そんな卑屈で、横柄で、したたかな外務官僚がモてるんだって。オンナってほんとばかだよ。

―ふーん、センセイってやっぱり最後はそこに行くのね。ま、わかってたから、いまさらなにも言わないけど。ところで「環境政治」ってなんですか? あまり聞いたことがないけど。

―「環境政治入門」って本が出てるよ。ぼくよりはずっとマジメな環境庁OBの京大教授が書いたんだけど、環境という公共的利益にかかわる、権力行使を伴った多元的主体の活動だそうだ。ま、ぼくの場合、早い話が環境族議員をはじめとする環境問題に関する政治家の生態と動向といえばいいかな。

―やっぱり環境族議員っているんですか

―そりゃそうさ。いまは知らないけど、昔はあまり旨みがないから数も少ないし、力もなかった。自民党の環境部会や国会の環境委員会での常連メンバーがそうなんだけど、予算や法律に関して環境庁の応援団をやってくれてたよ。あまり頼りにはならなかったけど、それなりに一所懸命にやってくれたと思うな。ところが九〇年代に入る頃から地球環境問題が国際政治の重要課題になり、一方ではODA(政府開発援助)にも関連が深いことから大物政治家たちも環境問題に関心をもちはじめた。そして環境庁は竹下元総理を担ぎ出すことに成功した。新・環境族の誕生だよね。以前からの旧環境族は袖にされたって不満だったらしい。ま、ぼくはその頃には本庁を離れていて関わってなかったからよく知らないけど。

―センセイは本庁時代にそういう新だか旧だか知らないけど、環境族の人とつきあいがあったんですか?

―基本的にはそういうのは官房とか企画調整局マターだからあまりないけれど、ひとつだけあった。

―その話をしてくださいよ。やっぱり一流料亭で接待したんですか? あ、ノーパンしゃぶしゃぶでしょう、センセイってほんとエッチなんだから。

―なにばかなこと言ってるんだ。食事も一緒にしたことはないよ。ただ、議員会館には日参したなあ。水質規制課長のときだけど、新規の予算要求で河川の直接浄化の補助金を出したことがあるんだ。

―あれ? ワタシの田舎の川ではもっとまえからなんかそんなのやってましたよ。

―そうなんだよ。旧・建設省の河川事業補助には水質浄化事業もメニューに入っている。だから熱心な自治体の首長がいるところでは、そのメニューを使ってやっていたんだ。だけど、ふつうはメニューにはあってもそんなのはやりっこなかった。だって、自治体での担当は環境部局でなく、土木部局の河川課かなんかだから。それでも一応メニューにあるから、新規要求はきわめて困難が予想された。それでも要求せざるをえなかった。

―どうしてですか?

―じつは予算要求っていうのは、係で議論し、課で議論し、局で議論しと段々と絞り込みつつ上に上がっていくんだ。で当時の担当が奇想天外、まったく実現の可能性がないけれど非常に面白いアイデアをあげた。これは面白い、ユニークだというので、とうとう※局議の場まで上がってしまった。ぼくはその頃は水質規制課じゃなかったから局議の場ではじめて知ったんだけど、これは面白い、※庁議の場での面白い話題提供になるというんで、さらに上まであがっちゃった。そしたら事務次官がこれは面白い、ひとつがんばってみろと言い出した。単なる話題提供のつもりで出しただけで、万に一つの可能性もないのはわかっていたから、こんなのがんばるつもりは毛頭ないんだけど、すんなりと下ろさせてくれそうにないというんで、少しは可能性のある代案を考えろということになった。ちょうどそのときぼくが水質規制課長になった。 ※ 局議とは局の課室長以上の会議。庁議とは部局長、官房三課長以上の最高幹部の会議で、 現在では省議。予算局議に関しては係長以上が出席する。

―で、その代案というのが河川の直接浄化? でも旧建設省の縄張りを荒らすことになるからできないんじゃないんですか?

―建設省の補助対象は河川法適用河川なんだ。河川法では一級河川、二級河川、準用河川と区分しているんだ。だけど、よく調べてみると実態は河川でも、準用河川にもなってないものがあることがわかった。これを普通河川というらしい。河川法適用河川は国の行政財産だけど、普通河川は形式的には大蔵省が管理する普通財産ってことになっているらしい。ついでにいえば道路もそうだね。道路法の道路やだれがいつ作ったかはっきりしている道路以外に、昔から存在している道がある。里道というんだけど、これも普通河川と同じ扱いらしい。

―で、その普通河川を対象に要求したんですか。なんかセコいですねえ。

―新規の補助金なんてふつうじゃ通るわけがないから、議員の力を借りて大蔵に圧力をかけるしかないというんで、理解のありそうな議員を十数人ピックアップして、議員会館まいりの毎日だったなあ。

―何人かで行くんですか?

―いや、ぼくひとりさ。それに、局長がその頃変わったばかりで、予算局議も庁議にも出てなかったから、なんでそんなくだらない予算要求をしたんだ、オレは知らんと突き放され、一切協力してくれなかった。

―議員の反応はどうでした?

―説明を聞いてがんばってくださいねと言われるのがせいぜいで、真剣に興味を持って聞いてくれた議員は少なかったねえ。で、だんだんこちらも働きかける議員の数を絞っていって、最後はふたりの議員に集中。秘書さんに「毎日毎日ご苦労さんですねえ」って慰められたよ。

―さいごは?

―このふたりは大蔵の主計にそれぞれのパイプで働きかけてくれた。そしてダメ押しになったのは自民党の政調会長がこの予算に興味を示したことだと思うよ。わずか五千万円だったけど、予算がついた。でもねえ、腹が立ったのはどうやら予算がつきそうだという空気がでてきた頃から局長がしゃしゃりでてきたことだ。

―部下の手柄を横取りしようとするわけですね。でも当時の局長だったらいまも大物でしょうから、マズイんじゃないですか?

―もう死んじゃったからいいんだ。

―なるほど、センセイらしい(笑)

―「センセイらしい」ってどういうことだ! でもねえ、結局のところこっちへ来た五千万円というのは、本来自然保護局、ぼくの本家だよね、に行くいくはずのところのものを削って持ってきたんだって。おかげで、自然保護局の諸先輩からは出入り禁止を言い渡された。

―そのお世話になった議員センセイとはそれっきりですか?

―そうだよ、ぼくはつくば、つまり国立環境研究所に転勤しちゃったし、向こうにしてもぼくが将来局長とか事務次官になるタマじゃないってわかっているからねえ。ま、でもあのふたりにはいまも感謝しているよ。

―ムネオみたいな圧力というか恫喝みたいな話、政治家との不透明な関係はどうなんですか?

―そりゃ、あったろうさ。ぼくが直接関わったことはあまりないけどね。

―それでもなんかあるでしょう。もう時効だから具体例を言ってくださいよ。

―じゃ、二つだけ言おうか。ひとつはたしか平成になるかならないかの頃だね。ぼくが瀬戸内室、正式には瀬戸内海環境保全室長だったときにマスコミが取材に来た。メインは関西空港と※フェニックスだったんだけど、帰りがけに「ところで神戸空港にはどう対応されるんですか」と聞かれた。

※フェニックスは通称。広域臨海環境整備センター法による「大阪湾圏域広域処理場整備基本計画」をフェニックス計画という。簡単に言えば特殊法人による大阪湾ごみ埋め立て事業。

―ちょっと待って下さいよ。神戸空港と瀬戸内室とどういう関係にあるんですか?

―瀬戸内室は瀬戸内法、正式名称は瀬戸内海環境保全特別措置法って法律を所管しているんだ。瀬戸内法では埋め立ては瀬戸内海の特殊性に配慮しなければならないってあって、その運用の基本方針は審議会で調査審議するってあるんだよ。で、審議会が「埋立の基本方針」を答申していて、埋め立ての審査はこの基本方針によるってなってるんだ。たしか何号かまえの時報には書いてたと思うけど。

―その割にいっぱい埋め立てが進められているじゃないですか

―ひとつは「駆け込み」だよね。法施行まえに免許取得してしまっていた。もうひとつはこの「基本方針」が抜け穴だらけということもある。それでも法施行前と後を比較したら随分埋め立ては減ったよ。

―神戸空港は「基本方針」に照らすとむつかしかったんですか?

―常識的に読めばノーだよね。それに神戸空港にはいろんないきさつがあって、環境庁としてはまえから苦々しく思っていた。

―へえ、どんな?

―もともと関西空港は神戸沖が最有力候補だったんだけど、神戸市が公害の元だというんで断ったんだ。で、いまの場所に決まったという経緯がある。

―いまの関空は「基本方針」ではOKだったんですか。

―ま、関空は国家プロジェクトだしねえ。それに「基本方針」は曖昧な部分や抽象的な部分があって、無理矢理読み込んだというのがあるし、伊丹廃港と引き換えだというので、政治判断として認めざるをえなかったんだろうな。伊丹では公害問題で、周辺市町が移転を要求していたし。

―だって、伊丹空港はいまでもあるじゃないですか

―そう、運輸省に裏切られたというよりは、周辺市町が移転から存続に一八〇度方針転換しちゃったからさ。さらにこの頃からいちどは断ったはずの神戸市が空港建設を言い出した。共産党まで公害なき空港をという始末。

―踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂ですね。

―で、神戸市は政治的に動きだした。社会党、現社民党の土井たか子までが神戸空港推進派になってしまった。運輸省は内心いまさらなにをと思ったろうけど、環境庁さんをクリアするのが先決です、と下駄を預けてしまった。

―じゃ、神戸市からは連日の陳情ですね、接待もたっぷり受けたんでしょう。

―きみ、女の子なのにどうして接待のことばっかり気にするわけ? 残念だったね。神戸市は市役所内に空港整備室を作ったりしてどんどんと進めてるみたいだけど、環境庁には一切接触してこず、わざと避けていた。ぼくらは市の環境部局にしかパイプがないから、環境部局に問い合わせるんだけど、私らにはまったくわかりませんと言うばかりで、いちど説明に来るように伝えてくれと言っても馬耳東風のありさま。そこにマスコミが来たんだから結果は想像が付くだろう?

―(ワクワクしながら)ええ

―翌日の毎日新聞一面トップに「環境庁、神戸空港認めず」の大見出し。それから連日議員さんに呼び出しを食らったさ。かれこれ十人くらい呼び出されたんじゃないかな。でも、こちらは「埋立の基本方針」に反するの一点張り。

―環境庁トップはどうだったんですか

―もちろん説明して納得してもらったさ。で、或るとき大臣に呼び出されて、国土庁の大臣に泣きつかれたから、君の方から説明しといてくれっていわれて、局長と一緒に国土庁の大臣室まで行った。

―誰だったんですか

―兵庫県選出の代議士でいまは民主党だ。

―で、恫喝された?

―大臣室に入るなり「貴様らは国賊だ!」と大声で罵られた。きさまらごときチンピラがなにを言っても政治の力で神戸空港は作ることが決まってるんだとも言われたな。でも局長はえらかったよ、ふだんは仕事しない人だったけど「国賊と言われましても、それは見方次第ですから」と平然としてたよ。

―で、さいごは?

―ぼくはそのあとすぐ異動したから知らないが、結局数年間はがんばりとおしたよ。でも呆れたのは神戸市だ。新聞に出たあとも環境庁には来ず無視を決め込んだ。

―反対運動はなかったんですか?

―年に一回反公害デーというのがあって、被害者団体や公害反対運動の連中が環境庁に来る。瀬戸内海でもそういう市民運動の連合体があって神戸がその中心なんだけど、いろんな要望というか要求を突きつけるんだ。ま、一種の団体交渉みたいなもんだ。この騒動の直後だったんだけど、さいごにぼくは言ったよ。みなさん、瀬戸内海を守れといろいろおっしゃいますが、要望書には神戸空港については一言も書いてないのはどういうわけですか、先日の新聞で環境庁は認めないと言ったわけですが、いろんな圧力がかかって困っています。みなさんは環境庁の味方をしてくれないんですか、空港建設に賛成なんですかって。とたんにそれまでの勢いはどこへやら、なかにいろんな意見がありましてなかなかまとまりませんって一気にシュンとなっちゃった。

―でも環境庁も最後はゴーサイン出しちゃったじゃないですか

―その事情はぼくは知らない。なんでも阪神大震災が転機だったらしいね。神戸が元気出さなければいけないって。でもねえ、ぼくはまったくわからないんだ。だって震災復興で空港どころじゃないってのがふつうだろう? なんでそんなになったのか。

―で、その頃から反対運動が強くなってきた

―そうそう、必要性の乏しさや採算性のなさが誰の目にも明らかになってきたからね。ぼくも影ながら応援してたよ。でも社民党も民主党も連合も依然として推進派だから、かれらがどんな口ざわりのいいこと言ってもぼくは信用しないんだ。

―センセイ、もう残りページが少ないから、もうひとつはまたこんどにしてください。

―わかった、わかった。それより最新の環境行政の動向を話せっていうんだろう。でもそのまえに国際動向も見ておかなくっちゃ。目を国外に転じれば、オサマもオマール師も依然行方不明のまま、アフガン和平が進められた。アメリカはそれで満足せず、悪の枢軸発言で物議をかもすなか、イラク攻撃の画策をやめようとしない。一方イスラエルのブッシュみたいなシャロンのパレスチナ攻撃がはじまり、それへの報復テロの悪連鎖で、中東和平は一気に崩れさった。いったい日本は、世界はどうなっちゃうのかと思うよね。日本沈没、世界崩壊の序曲なのか、それとも脱皮・再生のための産みの苦しみなのか。

―どっちなんですか?

―神のみぞ知るというしかないけど、前者のほうが可能性は強いんじゃないかな。

―えー、そんなあ。

―まあ、それはともかくとして、夏にはリオ+一〇のヨハネスブルグサミットが始まる。それをまえにしてアメリカが新たな自国の地球温暖化対策を打ち出した。日本は京都議定書を批准するって決めてるけど、このアメリカの新対策にも好意的だし、議定書批准反対の姿勢を崩していない経団連あたりはもうべた褒めだね。

―だって、今後十年間で十八%減らすって言うんでしょ? すごいじゃないですか

―朝日の見出しはそうなってるけど、とんでもない話だ。

―どうしてですか?

―十八%というのはGDPあたりの炭酸ガス排出量の話。GDPあたりの排出量で言えば、日本はアメリカの三分の一、つまり十八%どころか七十%削減しなければ日本並みにならないんだぜ。一方、アメリカのGDPは毎年三%の伸びを予測している。ほんとうにそんな伸びるかどうかはわからないが、そのとおり伸びたとすると、十年後の炭酸ガス排出量は九十年比でじつに三十五%増えるんだぜ。人を馬鹿にしてるとしか言いようがないな。

―そうなんですか

―そしてもうひとつは途上国に対するアメだよね。資金援助をちらつかせて、途上国の取り込みを図り、京都議定書や気候変動枠組条約を空洞化させようとしている。

―ひどーい。やっぱりブッシュがいけないのね。

―でもねえ、よく参加とか情報公開とか言うじゃない。そういう意味ではアメリカは進んでるんだよねえ。だから、民主主義が徹底したからといって正しい政策が取れるってわけじゃないことも知っておいたほうがいい。ブッシュの支持率はコイズミ以上だからね。

―そういえば日本も京都議定書批准に向けて、いろいろとやってるみたいですね。

―温暖化大綱を閣議決定。具体的な削減スケジュールを決めた。まもなく温暖化対策法改正もなされるだろう。でもねえ、何年後にどこを何%減らすったって担保がなにもない。やっぱり炭素税とか環境税の可及的速やかな導入が必要だと思うよ。

―でもそれはむつかしいんでしょう?

―不景気だからねえ、でも税収中立の原則さえしっかりとしておけばいいんじゃないかな

―税収中立って?

―全体として税の増減はしない。炭酸ガス排出削減したところは税を安くし、そうじゃないところは高くして全体の税収は変えない。そうすれば健全な削減競争がはじまり、そのためのビジネスチャンスも増えるし、GDPだって減らさずにすむかもしれない。運輸用だって民生用だって電気代やガソリン代にそういう工夫をすればいいと思うよ。

―あとなんかありますか

―新・生物多様性戦略が閣議決定されたけど、里山とか中山間地域で具体的にどう生物多様性を維持する施策を打ち出せるかだねえ。ところで忘れてならないのは鳥獣保護法改正だ。

―どう改正したんですか

―中身なんか知らないよ

―バカ、バカ! センセイのバカ。からかうのもいい加減にしてください!

―からかってなんかいないよ。やっとひらがな法になったんだ。これは画期的だよ。

―は?

―六法全書を見りゃわかるけど、いまだに日本では「・・・スヘシ」なんて文語・カタカナの法律が幅を利かせている。それでなくても法律は一般の人には読みにくいものなんだ。ましてや文語・カタカナなんてまったく国民をバカにしているよね。で、「鳥獣保護及ビ狩猟ニ関スル法律」がやっとひらがなに変わった。これでやっとぼくも読む気が起きるよ。

―(呆れ顔で)センセイはいままで鳥獣保護法を読んだことなかったんだ。よくそれで知ったかぶりして授業してましたねえ。

―ま、いいじゃないか。じゃ、今日はこのあたりで終わろう。ところで腹減ったなあ、ご飯でも食べに行くかい?

―センセイと食事? やだもーん。じゃ、失礼しますネ。バイバーイ。

(平成一四年四月一日)