環境漫才への招待

やぶにらみ瀬戸内海国立公園論

H教授: 自己批判ねえ、ぼくが鷲羽山に着任して最初に直面した仕事はなんだったと思う?

H教授: 鷲羽山の展望台に本四架橋の完成予想図の看板というか案内板を設けたいという相談だった。その頃はすでに本四架橋の計画は出来上がっていたんだ。 でもねえ、考えてみれば、本四架橋ができあがれば、鷲羽山からの多島海景観は一変するんだ。 だったらそもそも本四架橋そのものの是非とまでは言わないまでも、ルートだとかについて国立公園の立場から検討して物申すべきだよねえ。でもそんなものはすでに厚生省国立公園部の頭越しに、閣議決定されていて、こっちは看板の規制だもんな。国立公園の非力さを痛感した。

H教授: しかも、その頃すでに鷲羽山の前面に望める番の洲のコンビナートの埋立が進行中で、後ろの水島コンビナートからの汚水が瀬戸内海に出されていて、タールの塊がきれいな浜に漂着することもしょっちゅう。海にもときどき油膜が張り、赤潮が頻発して漁民がデモしていた。でも、自然公園法というわれわれの唯一の武器はまったく役に立たなかった。

H教授−日本の国立公園は「地域制」といって、土地の所有権、管理権に基かずに、法律に基いて指定や規制を行う、国際的にみると特殊な制度だって話をしたよね。もちろん国立公園は保護だけでなく利用という大事な面があるけど、今日は保護の話だけにしておこう。保護のための規制なんだけど、重要性の程度に応じて規制の程度を変えているんだ。つまり国立公園のなかでも大事なところを「特別地域」といい、そこでは法律で決められた行為に関しては、環境大臣の許可を得なければいけないということになっている。「特別地域」のなかでももっとも大事な核心部は「特別保護地区」といってもっと細かい行為、たとえば枯葉を拾うようなことまで許可の対象にしているし、通常の開発行為は原則的に許可しないことにしているんだ。一方、特別地域以外の残された地域を「普通地域」といい、法律で決められた一定規模以上の大規模な行為は環境大臣に届出なければならないということになっている。こういう線引きを保護の規制計画、通常「保護計画」と呼んでいる。

H教授: それじゃ環境ファシズムだ。憲法で財産権を保障しているし、自然公園法でも財産権の尊重や他の公益との調整を図ると謳い、規制によって生じた損害は補償するとの規定があるけど、そのための予算があるわけじゃない。だから、特別地域では一定の基準以内のものは許可し、そうでないものは一定の基準におさめるよう指導しなけりゃならない。大体特別保護地区の指定なんて法で明文化してなくたって関係者全員の合意がなけりゃムリだ。だから開発はしないという合意ができた小さな国公有地がほとんどで、民有地だと神社の境内とか、きわめて限定されたところしか指定できないのが実態。 ひっくりかえしていうと、もうなにがなんでも守らなくちゃいけないし、守ることが可能なところが特別保護地区、そのまわりの或る程度の公園として以外の多目的利用を許容しつつも風致の維持を図ろうというのが特別地域、で、普通地域がバッファゾーン、緩衝地域ということになる。つまり同心円的な構造になるのが本来なんだ。

H教授: そうそう。海岸の国立公園の場合で言うと、ふつうは同心円というより海岸に沿って細長くなるんだけど、断崖絶壁がつづく名勝が特別保護地区、その後背地や利用拠点が特別地域。で、ところどころにあるひなびた漁港集落が普通地域というイメージかなあ。

H教授: そう、そこが大問題。じつは海面は特別地域に指定できないことになっているんだ。だから特別保護地区や特別地域の沖合1キロ以内の海面を普通地域にしていることが多い。だから大きな開発、例えば埋立みたいなものだったら届出がいるけど、あとはフリーパス。大体海面普通地域なんて公園面積には通常はカウントされていない。

H教授: ま、そういうことになる。もちろん、普通地域の届出に関して、禁止とか制限、必要な措置命令を出せると法律では書いてあるけど、特別地域の許可申請だって不許可にした事例がほとんどないんだから、禁止なんてできるわけがない。埋立の場合だったら、緑化しろというような措置命令、それも出来レースでね。

H教授: 戦前の国立公園法施行時に各省間でどういうやりとりがあったか知らないけど、もともと山国の日本だから、埋立で陸地で増えるのはいいことだという発想があったんじゃないかな。「自然の風景地」というんだから、地=陸域とみなされても仕方がないのかもしれない。もちろん、これじゃいけないというんで、そのご、海中公園地区という海のなかの特別保護地区みたいな制度はできたけど、各省調整がむつかしく、ほんとに点としてしか指定できていないし、瀬戸内海ではいまだに未指定だ。

H教授: 水産庁が水産資源保護法で「保護水面」という制度を作ってるくらいかなあ。欧米では Estuaryといって河口、浅海域の保護はうるさいよね。日本では昭和48年に公有水面埋立法が改正され一応環境配慮規定が挿入されたけど、埋立そのものが本来環境保全の観点からは好ましくないものだという認識は欠落したままだね。

H教授: うん、じゃ、まず瀬戸内海国立公園の諸元を示しておこう。

広がりだけはダントツに日本一だけど、実質的に或る程度規制権限のある陸域の公園区域というのが塊でもなければ、帯でもなく、ほんとに点在してるだけで総面積は狭いんだ。展望地点や島の上半分とか。で、その代わり海面普通地域が他の海岸の国立公園のように沖合1キロでなく、もっと広くて瀬戸内海の中心部は大体入っているんだ。(図参照) それと断崖絶壁原生林型の非日常的な大自然の景観というよりは段々畑や人影の点在する砂浜や干潟、島影に行き交う漁船のような人間の生活と密着した人間臭い多島海景観かなあ。しかも民有地率が高く、瀬戸内海全般では産業活動もきわめて活発だ。だから、非日常的な傑出した自然の風景地を対象としたふつうの国立公園とはかなり異質なものだと思うよ。 瀬戸内海国立公園は岡山にある山陽四国地区自然保護事務所がだいたい管理してるんだけど、西端は九州地区自然保護事務所の、東端は近畿地区自然保護事務所の管轄になっている。たしかに日本で一番最初に指定された国立公園なんだけど、全国一律の自然公園法で守ろうとするのはどうしても無理があるね。だから瀬戸内法で「海浜保全地区」制度なんて作っちゃった。必ずしも当初の目的どおりにはいってないけどね。

H教授: 「瀬戸内海国立公園・環境保全法」みたいなものを作って瀬戸内法と合体させればいいと思うよ。そして、旧瀬戸内室と自然保護事務所を合体させて、現地に置くんだ。埋立や海砂採取、沿岸での産廃廃棄の規制、自然海岸線や藻場干潟の全面的な保護なんてのを国立公園管理と一体になってやればいいんじゃないかな。

H教授: いいじゃないか、瀬戸内法だって水質汚濁防止法の枠を飛び出して作ったんだ。 その施行事務を司るのは政府組織にせずに、地方自治体との共管による半独立組織にしてもいいかもしれない。

H教授: いいんだよ。これこそが21世紀のコーゾーカイカクなんじゃないか。

H教授: 昔とはすっかり変わったよ。じつはねえ、ぼくは三箇所のレンジャーをやったあと本庁に戻ったんだ。全国の国立公園の許認可の窓口の仕事をしたんだけど、とにかく申請の数がすごいんだ。電柱一本立てる申請まで霞ヶ関に来るんだもの。あまりの数のすごさに閉口して、この許認可の権限のうち軽易なものを現地に下ろそうとした。 許認可は名目的には環境庁長官がするんだけど、実際は専決といって、権限は局長に下ろされていた。それをさらに下ろすには最低でも所長でなくちゃならないんだけど、当時はちゃんとした所長がいる国立公園管理事務所は全国で十しかなかった。でも国立公園は27(註:現在は28)あったから、法のもとの平等の原則に反するというので、それがネックになっていた。 で、或る日、ふと思いついたんだ。阿蘇国立公園管理事務所と言うのは阿蘇国立公園の管理事務所ではなくて、阿蘇にある九州全体の国立公園管理事務所、つまりブロック事務所とみなしてもいいじゃないかって。霧島屋久国立公園のレンジャーは阿蘇国立公園管理事務所の所員にしてしまえばいいって。当時の法律屋は呆れていたね。役人と言うのはどんなことがあっても権限を手放さないものだのに、自分から屁理屈をこねて手放そうとするんですかって。 Aくん: で、どうなったんですか。 H教授: なんとか実現した。それから二十数年、いまや地区自然保護事務所となり、国設鳥獣保護区だとか、ワシントン条約関連の仕事だとか、公園の外のことまで権限が及ぶようになった。もちろんそれは時代の流れで、遅かれ早かれそうなったんだろうけどね。 でも例えば朝の連ドラにもでてきた吉野熊野国立公園管理事務所は和歌山の新宮にあったんだけど、いまでは近畿地区自然保護事務所になり、昨年大阪市内に移転した。環境省が産廃Gメンを作れという声もあることだし、いずれは地方環境対策調査官事務所と統合して地方環境局みたいになるのかも知れない。

H教授: 自然保護事務所は関係機関との調整なんかが便利なように、都会にでる傾向があるけれど、全面撤退するんじゃなくて、もちろん現場にもレンジャーは駐在させているよ。 ところで、ぼくらがレンジャーのとき仲間とよく語っていた夢が二つあるんだ。 ひとつはアメリカのような国有の公園専用地からなる国立公園で、ナチュラリストのレンジャーがいっぱいいて許認可などに追われない理想的な「大国立公園」が生まれないかという夢だ。 もうひとつは国立公園だけじゃなくて、オールジャパンの自然保護に関与したいという夢だね。 いまは後者の方向で或る程度進んできたみたいだけど、前者の目もまったく消えたわけでもないんじゃないかな。国有林がどうなるかだね。

H教授: 国立公園の6割が国有地なんだけど、それはほとんど林野庁の国有林で、かれらは林業経営でメシを食っている。だから、本省レベルでは公園の指定だとか、林道建設だとかではしばしば鋭く対立してきた。もちろん、現場では公園管理に関してはお互いに協力していることのほうが多かったんだけど。 それが90年前後から国有林の経営が火の車でどうにもならなくなり本格的なリストラがはじまった。環境庁でもレンジャーとして林野庁現場職員の受け入れを大々的にはじめたりして、 だいぶ関係が好転した。だが依然として国有林経営の困難さはかわらない。となると国立公園 の中の施業していない国有林なんかは環境省に人もろとも移行ということも考えられないこともないんじゃないかな。 国有林が大半を占めているような国立公園では、将来そうした大国立公園が出現する可能性がゼロではないと思うよ。

H教授: まったくうるさいね、キミは。

H教授: うーん、そうだなあ。32号でいった水生生物保全のための環境基準制定が、産業界の猛反対でデッドロックに乗り上げた。これがどう夏休み中にケリがつくかが最大の焦点だ。でももう紙面がない。EICネットの環境行政時評(http://eic.or.jp)で、あのじゃじゃ馬娘に話したから、それをみてもらおう。

(一部、南九研時報40号、H教授の環境行政時評第七講の拙稿を参考にして執筆しました)