環境漫才への招待

温暖化対策税の提案を巡って

(プロローグ)

―うん、沖縄は八重山諸島に行ってきて、一昨日帰ったんだ。向こうで台風一四号にぶつかっちゃって、帰りの飛行機が欠航。二日も足止めを食らった。おかげで東京での大事な会議もキャンセル。ひどい目にあったよ。

―まえに言った環境行政学会のメンバーなんかとの重要な打ち合わせだ。

―(図星をつかれて)シ、シッケイな!

―(あきらめて)家族サービスさ。で、三十年ぶりに西表へ寄ったんだけど、自然はよく保たれてたよ。でも「秘境」という感じはもうなくなってたね、道路も見違えるほど立派になってたし。あそこまで道路整備する必要があるのかなと思ったよ。

―西表には、上原と大原という大きな二つの集落が三、四十キロ離れてあるんだ。それを結ぶ道路が高規格の完全二車線、幅広い歩道までついてるんだ。夜、この道をドライブしたんだけど一台も対向車に出会わなかった。そりゃ、道路整備は必要だろうけど、ここまで立派な道路が必要なんだろうか。ところどころ未改修の部分があるんだけど、これだって低規格ながら二車線の舗装道路なんだぜ。これで十分じゃないかと思うけどなあ。

―そう、調べたわけでもなんでもないけど、直感的にそう思ったね。こんなオカネがあったんだったら、道路事業じゃなくて、もっとほかのこと、例えばごみ問題だとかに使うべきだったと思うなあ。

(温暖化対策税の提案を巡って)

―八月末に中央環境審議会の専門委員会が「温暖化対策税の具体的な制度の案―国民による検討・議論のための提案」という報告をまとめて環境大臣に提出した。 ここでいう温暖化対策税とは、いままでしばしば炭素税だとか環境税だとか呼ばれていたものだけど、今回はこれを話題にしよう。 環境省のHPでも公表されてるんだけど、キミ読んだ?

―そうか、じつはあの報告書をまとめるにあたって重要な役割を果たしたのがAIM(アジア太平洋地域統合モデル)なんだ、名前だけで中身は知らないけど。 ところで専門委員会メンバーで、AIMの開発を行った森田恒幸さん(国立環境研究所社会環境システム研究領域長)が九月四日肝不全で亡くなられた。 まだ五十三歳の働き盛りだったけど、余りの多忙さに医者に行く暇もなかったみたいだから、ある意味では壮絶な討死を遂げられたといえるかもしれない。 学者らしからぬ、きさくな人でぼくも昔、随分お世話になったし、一緒に遊んだこともある。謹んでご冥福をお祈りしよう。

―ありがとう、キミに言われると涙がでるほどうれしいよ。

―(相手にせず)報告書のまえに温暖化対策の現状をまず押さえておこう。簡単に整理して話したまえ。

―お、よく知ってるな(ちょっと見直す)。

―そのまえに、まずは院を卒業できるかどうかだな。修士論文の審査は厳しいからなあ。

―(無視)で、国内での動きは?

―そう、一方EU全体では京都議定書では八%カットが義務付けられているんだけど、すでに対九十年比でマイナスになっている。原因はいろいろあるんだけど、その一つとして炭素税の導入や化石燃料の自然エネルギーへの転換が挙げられる。 日本では二〇〇四年、二〇〇七年にそれまでの対策をチエックし、必要に応じて追加的な対策をとるとしているんだ。こういうバックグラウンドのなかで、今回の報告が出された。

―もうブッシュの命運は尽きたよ。イラクの大量破壊兵器も見つかりそうもないし、イラク国民の反米感情は高まるばかり。米英兵の死者も増える一方で、イラク侵攻と占領政策の失敗は誰の目にも明らかだ。 だから米国内での人気ががた落ち。ネオコンも見る影のない凋落振りらしいよ。 いずれ一国主義から国際協調主義への復帰という路線が日の目をみるだろうし、排出権取引市場という実利面もあるから、政権交代で京都議定書に復帰するという可能性はあると思うよ。

―うるさい。で、温暖化対策税の報告書だけど、読んだといってたね。じゃ、かいつまんで説明してごらん。

―ぼくはそういう意味での研究者じゃないって常々言ってるだろう。恥をかかせるなよ。

―うるさい。で、次は?

―まったく、一言多いね、キミは。 このままだと発電に関しては原発が温暖化対策税の影響を受けない分コスト的に有利になってしまうんじゃないかってことがひっかかるなあ。 もともと、日本の温暖化対策は原発の推進を前提としているから、当然のことかもしれないけど、個人的にはこれ以上の原発の推進には疑義が残る。 でもまあ、あとは妥当じゃないかな。排出権取引なんてのはぼくは好きじゃないけど、合理的なのは確かだし。

―COP3でEUが排出権取引に消極的だったのは、国内の排出抑制努力を妨げる恐れがあるからだということだったけれど、それだけじゃない。 カネさえあれば排出権を買えるというウルトラ資本主義システムが心情的にひっかかるんだ。 それに、排出権取引を最初に導入したのは米国、SO2(二酸化硫黄、亜硫酸ガス)対策で用いて、もっとも廉価なSO2対策だと自慢してるんだけど、米国はGDPあたりのSO2排出量は日本より一桁も高いんだぜ。まずはきちんとした規制をしろといいたくなるよ。

―え? どうして?

―うん、そりゃ、まあそうだ。

―… まあ、いまでもエネルギーは欧米に比べて割高だから、そんな高率課税は到底実現不可能だと思ったんじゃないかな。

―(小さく)そうは言ってもなあ。それに報告書でも最後にほんの少し触れてあるよ。

―キミ、今日は過激だなあ。宝塚へ行ったんだろう。

―宝塚カゲキ(笑―自分だけ)

―すみません。(小さくなる)

―他省庁の管轄にあるものだから、環境省の審議会としてはそんな思い切ったことは言えないよ。

―ぼくは税制のことはよくわからないし、調べてる時間もない。だから発言する資格なんてないよ。

―じゃ、思いつきの無責任な放言だということで、いくつか言わせてもらおう。 税制全体を環境シフトというか持続可能性社会構築のためにシフトするのが大前提。 つまり税収中立の原則の下で、環境負荷の大小や持続可能社会に寄与するかどうかの指標により、消費税だとか事業税の税率を決める。当然のことながら大規模な開発なんかは既存税以外に開発税だとか自然改変税をとる。都市住民には水源税という形で・・・

―しょうがないなあ、これからが佳境だったのに。じゃ、あとひとつだけ、税の過半は地方税にする。循環型社会の構築には地方主権のー

―わかった、わかった。よく知らないから誤魔化そうと思ったんだけどなあ。 われわれが電気やガソリンなどのエネルギーを使用したり、クルマを買ったりすると、いろんな形の税を間接税として払うことになる。こうした税の多くはエネルギーの安定供給や道路整備という特定の目的のために国や地方の特定財源として使われているし、特別会計として別勘定に繰り入れられることも多い。 エネルギー税制に関しては、エネルギーの有効利用の促進ということで、温暖化対策に寄与するようなものにも使われているのは報告書でも述べられているとおりだ。 あと、報告書ではほとんど述べられていないんだけど、自動車関連の税金の多くが道路整備という特定の目的のために使われている。だけど、運輸部門からの炭酸ガス排出も大きなウエイトを占めているし、相対的に公共交通機関より環境負荷の大きい自動車関連の税金については、その目的を道路整備から炭酸ガス削減も含めた自動車環境負荷対策に変更すべきじゃないだろうか。最低限、目的に道路整備だけじゃなく自動車環境負荷対策を付け加え、その使途を道路整備から公共交通の補助育成を含めて環境保全に大幅にシフトさせるべきじゃないかなあ。 温暖化対策税に関しては、こうした既存のエネルギー税制や自動車関連税とのトータルで、最低限市民が節電を心がけざるをえなかったり、マイカーでの遠方への単独ドライブを躊躇する程度の水準の税率とし、税収は報告書でも言ってるように、排出抑制への補助金だとか奨励金みたいなものに回して排出抑制へのインセンテイブを図るものにすべきだろうなあ。 要はエネルギーやクルマの過度の利用を経済的に抑制するよう誘導するとともに、質素な生活のほうが得で楽しいと思えるような社会意識を醸成することが必要だと思うよ。 あ、あと結果的には原発推進になってしまうような税金の使われ方には反対だな。

―(むっとして)じゃ、キミはどう思うんだ。

―それをキミの修士論文のテーマにしたらどうだい。AIMを駆使して。

―いずれにせよ温暖化対策税の導入は不可避だと思うよ。来年はその税率や課税方法、エネルギー関連税との関係を巡る攻防が環境行政のひとつの焦点になるだろうし、そのゴングが鳴らされたと言うことじゃないかな。

(夏のできごとT RDF事故)

―もともとRDFは大きな矛盾を抱えていたんだけど、思わぬ形でその破綻が明白になったねえ。

―そう、RDFっていうのは可燃ごみを乾燥圧縮成型して燃料にするんだけど、そもそもごみの分別・資源化の方向に来ている社会の基本的な方向からすれば逆行している。

―だって、RDFはプラステイックなんかが入ってなければ熱量不足になってしまう。廃プラ分別・資源化という動きには逆行していると言えるんじゃないかな。 それに生ごみなんて乾燥させるには化石燃料も必要だしね。 ただごみの減量や分別・資源化と口で言うのは簡単だけど、実際にはむつかしい。 RDFはそれよりも現実に出てくる大量の可燃ごみを一括して燃料として利用しようという発想だった。 ごみの焼却は地元の反対が強いけど、RDFの製造だったらそれほど抵抗がないだろうし、ダイオキシンの発生抑制にもなるし、経済的にも引き合うって言うんで、一時ブームになったけど、どうやらDRFの引き取り先もそう簡単には見つからないみたいだし、今回の三重県の事故がきっかけで方々で事故を起していたことも明らかになった。技術としてもまだ未完成なものだったんだよねえ。

―いや、そこまでは言わない。ただ、限定的・補完的、そして現時点ではなお未成熟な技術だということを知っておくべきだ。 少なくともRDFの安定的な引き取り先を見つけてからでないと、安易に取り入れるべきじゃないと思うな。 (以下、独り言)それにしても北川さんはうまいときに知事をやめたなあ・・・

(夏のできごとU 環境基本法見直しに向けて)

―これも新聞記事(九月十二日朝日新聞)だけど、環境大臣が記者会見で環境基本法の改正を視野に入れた「環境基本問題懇話会」を設置し、来春までに基本的な考え方をまとめるそうだ。

―そんなことしらないよ。だけど超一般論としていうと、こういう話の大半は事務方が絵図を書いて、それを大臣に言わせる、つまりボトムアップのことが多かった。 でもたまには大臣が言い出しっぺのトップダウンということがある。その場合も筋がいいものとよくないものがある。後者の場合は事務方が大臣を説得して押し留めようとするんだけど、押しとめられなかった場合、こういう懇談会なんかで時間稼ぎをして大臣交代を待つというケースがないわけじゃない。

―だから知らないって言ってるだろう! だけど、ボトムアップかトップダウンかはともかくとして、内容的には筋の悪い話ではないと思うなあ。でも、思い通りの改正ができるかっていえば、おっそろしくむつかしい話だと思うよ。

―どちらにしても基本法なんだから理念的、抽象的にならざるをえないんだけど、抽象的に過ぎる嫌いがあることは事実だよね。 環境基本法に基づく環境基本計画では循環、共生、参加、国際的取組の四つのキーワードを挙げていて、それはその通りだと思うけど、基本計画に記載されているものは従来からの各省の施策みたいなのが中心で、新たな展開に関しては具体性に欠けるところが多いよね。

―環境と経済の統合、戦略的環境アセスメント、生態系保全のための環境基準概念の導入、廃棄物と循環資源の拡大生産者責任の適用の明言、化石燃料使用や環境への人為的負荷の可能な限りの抑制理念、公共事業の自然共生事業化、NGO・市民の政策参加、いっくらでもあるよ。 もちろん、そうした新たな潮流を現行の環境基本法や環境基本計画で読み込むことは可能だけど、環境基本法や環境基本計画がそれに先導的・主導的な役割を果たしているとは言えなくなったのも事実だからなあ。

―いま自民党総裁選真っ最中で、そのあと解散・総選挙なんて話がでてるけど、争点はもっぱら景気回復だよね。環境問題だとか持続可能な社会の構築なんてだれも口にしていない。 さっき挙げたどの課題一つとってみても、言うは易しだけど、実際に徹底してやるには、いま言われているコーゾーカイカクよりもはるかにむつかしい既成概念と社会構造の変革が必要になってくるし、GDPで表現される景気の回復には反することもあるだろう。 そうなれば、産業界はもちろん、政治家だって各省だって、いやそれだけじゃない、国民だってそうやすやすと飲むと思えないなあ。

―こら、またキミは・・・ (しばらくおいて)ま、そうかもしれないねえ。

(夏のできごとV 亜鉛の環境基準決着と淀川水系五ダム)

―うん、じつは石垣島に足止めを食らわせられてる間に亜鉛の環境基準の決着が一応ついたし、一方では淀川水系五ダムを巡るそのごの動きが新聞ででた。いずれも環境行政ウオッチングで取り上げたものだから、簡単にみておこう。

―まず亜鉛の環境基準だけど、専門委員会報告どおりで答申がなされた。

―まだ議事録も公表されてないから経緯は知らないけど、産業界にしても問題は環境基準じゃなくて排水基準の強化だからね。 環境基準を維持達成するための方策、排水基準のあり方等について別途専門委員会で検討することになったから、一歩後退して主戦場をそこに移したということじゃないかな。 ま、これもぼくの憶測だけどね。

―健康項目の場合は慣例として、そうなっているけど、これは一応生活環境項目という整理だから、十倍には縛られないはずと産業界は思ったのかもしれないね。 それに健康項目での十倍というのも、一種の割り切りだからねえ。だからこれからどうなるか見物だね。

―うん、九月五日に国交省近畿地方整備局が流域委員会に河川整備計画の原案を示したんだけど、五ダムについては「調査検討を行う」とだけしていて結論を先送り、流域委員会のメンバーから批判を浴びたって記事だよね。 これ以上の憶測は控えて、とりあえず読者に情報としてだけお知らせしておこう。はい、今回はここまで。

―喝!

(二〇〇三年九月十五日)

(参考:時報三十三、三十六、四十号、H教授の環境行政時評第八講(予定、EICネット))