環境漫才への招待

浄化槽と下水道―浄化槽法20年

(忠臣蔵の季節到来)

H教授― そう、またくだらない忠臣蔵をテレビでやるのかと思うと、うんざりするねえ。

H教授― なんで主君の仇なんだ。別に吉良が浅野を殺したわけじゃない。それどころか、吉良は浅野に殺されかけたんだぜ。殺し損ねたからといって、その手下が徒党を組んで危うく難を逃れた被害者宅に押し入り殺す物語に拍手喝采なんてあんまりじゃないか。

H教授― 賄賂をねだったなんて史料はないよ。大体、高家というのはそういう儀典の指南役で、指導料をもらうのは当時の常識だったんだ。

H教授― それも史料はないし、ありえないと思うよ。第一、デタラメな指導をしたら浅野が恥をかく以上に、吉良が指南役としての責任を問われるに決まってるじゃないか。

H教授― わからない。厳しい指導に対する浅野の逆恨みかもしらないし、浅野が妄想にとり憑かれていたかもしれないけど、いまとなっては知る由もない。 でもねえ、大体殿中で刃傷沙汰になれば、お家取り壊しになるのは自明の理だ。だから、ほんとに恨みがあったんなら、城外でやればよかったんだ。 しかも、武芸のたしなみも皆無の老人を後ろからの不意打ちで、重傷も負わせられなかったんだから、浅野ってのはどうしようもない愚君だね。

H教授― 一か八かの就職活動だという説もあるぜ。

H教授― そんなことはないよ。

H教授― 自分の頭で考えればすぐわかるはずなのに、なぜこんなに忠臣蔵物語がもてはやされたのか。それは世論操作のせいだ。環境問題だって、マスメデイアや官庁情報だけに頼っていると、規制しないでいいものを規制したり、規制しなくちゃいけないものを見逃したりすることもある。情報公開だけではなくて、その情報を自分の健全な市民的常識で判断することが必要なんだ。

H教授― うるさい、この話題はここまで。四一号以降のトピックスといこう。なにがあった?

(やぶにらみ世評―総選挙とイラク)

H教授― (浮かぬ顔)このまま二大政党時代ってことになるのかなあ。もういちど自民党も民主党も底辺から再編成すべきだと思うよ。それにぼくは二大政党制って好きじゃないんだ。三つか四つぐらいの中政党制がいいなあ。信号だって赤青黄色と三色あるんだから。

H教授― アカはアカでもアカデミックだ。キミも院生のはしくれだからな。いつまでも淫性じゃダメだぞ。あ、やめとこう。これ以上この話をここですれば顰蹙を買いそうだから。

H教授― もちろんパスだよ。これは環境行政ウオッチングなんだから。でもねえ、そもそもイラク侵攻自体正当性のない侵略だったもんなあ。イラク国民が米英占領軍を解放軍として歓迎するなんて思い込み自体がナンセンスだったんだ。 それにフセイン政権自体は降伏したわけじゃないから、あらたな政権を作ったって二重権力状態になりかねない。こんな状況の中で自衛隊を派遣するって選択自体がおかしいんだ。まったく、これがコイズミ改革かと思うと情けなくなるねえ。ブッシュ政権そのものがもう終りかもしれないのにねえ。あ、いけない。これもこの場に相応しくないトピックだったな。いまのは取り消し。

(VOC規制宣言―トピック1)

H教授― ところで、いよいよ環境省が固定発生源からのVOC(揮発性有機化合物)の法規制を本格的に目指すことにしたらしい。ぜひボクのときのリベンジしてほしいねえ。

H教授― ボクは昔、固定発生源からのオキシダントの原因物質であるNMHC(非メタン炭化水素)の法規制を目指したことがあるんだけど、時代がそこまで行ってなくて、結局は挫折したんだ。

H教授― う、うるさい。じつはNMHCってのはVOCの大半を占めているんだ。NMHCはオキシダントの原因物質なんだけど、同時にSPM、つまり同じように環境基準の達成率が芳しくない浮遊粒子状物質の主犯とまではいかないまでも重要な共犯らしいんだ。大気中に放出された揮発性炭化水素系物質は細かい水滴みたいになってSPMの相当部分を占めているんだ。

H教授― NMHCは炭素と水素だけの化合物だけど、VOCはもう少し定義が広く、炭化水素に酸素や窒素が入ったものを含んでいるらしいんだ。ホルムアルデヒドなんかのようにね。

(知床、世界自然遺産にートピック2)

H教授― わかった、わかった。じゃ、つぎのトピック。ユネスコの世界自然遺産って知ってるよね。日本では白神山地と屋久島が登録されている。 環境省では知床を我が国三番目の自然遺産として登録するよう推薦することを決めた。

H教授― 自然的価値からすれば、どれも資格あると思うよ。でも自然遺産というのは、きちんとした管理のもとで守られることが国内法で担保されてなければダメなんだ。小笠原や琉球・奄美は自然遺産となれば観光地としても箔がつくことは間違いないから地元では熱望しているのも事実だけど、同時に小笠原だったら空港問題、琉球・奄美だったら赤土汚染とか干潟埋立みたいな開発問題があって、管理上の条件を満たしていないということじゃないかなあ。

(京都議定書を巡るロシアの対応―トピック3)

H教授― あとロシア一国で、発効するし、ロシアも批准に前向きな発言していたけど、最近ちょっとおかしくなったよね。プーチンもロシアは北国だから、温暖化したほうがいいなんて物騒な冗談を飛ばしていたしねえ。

H教授― ロシアは二〇〇八―二〇一二年の第一約束期間でも、対九十年比の温室効果ガス排出量は相当程度マイナスになりそうなんだ。ソ連崩壊からの工業生産復興がまだ遅れているから。 で、そのマイナス分は京都メカニズムの排出権取引って奴で、他国、例えば日本に売れることになっている。これを買えば買った国はそれだけ削減したとみなされるからね。 これをホットエアーと言うんだけど、どうも思ったほどは高く売れそうにないんで、ゆさぶりをかけてるんだと思うよ。 そうは言っても、売れなきゃたいへんだから、来年中には批准すると思うんだけど、米国の大統領選がどうなるかを見極めてからということになるかも知れないなあ。

H教授― ブッシュがこけて米国に京都議定書復帰の動きが出れば、ホットエアーの値が高騰するかもしれないと言うことですね。 それ以外になんかトピックはありますか。本論のページ数がなくなっちゃいますから簡便にね。

(「環境省を変える若手の会」―トピック4)

H教授― うん、この十月に環境省のなかに「環境省を変える若手の会(仮称)」というのが「国民の期待に応えるECO行政!!」を旗印にして二十代若手職員を中心に発足した。 かれらは環境省の現状・問題点を正確に把握するためにまずアンケートを実施、来年二月を目途に具体的な提言を打ち出すとしている。

H教授― ま、主として勤務実態だね。それによると、四分の一の職員が二十四時以降まで残業するなど、四分の三の職員の退庁時刻は二十時以降になるそうだ。業務繁忙期には半数の職員の退庁時刻が二十四時以降になるなど、ほとんどの職員が深夜まで残業ということになっている。

H教授― あたりまえだよ。公務員とはいったって、その態様は千差万別だけど、休まず、遅れず、働かず、接待漬けで高給取って天下り、の各項目の大半が該当する公務員なんているわけないじゃないか。

H教授― そうだよ。霞ヶ関なんて不夜城だったよ。

H教授― なにバカなこと言ってるんだ。残業手当の予算は決っているから、課によって少しづつ配分のやり方はちがうけど、もらう残業手当の三倍とか五倍くらいサービス残業してるんじゃないかな。 大蔵の主計だけが満額取ってたって話もあったけど。

H教授― また、余計なことを。「若手の会」ではこういう勤務実態を暴きだしているんだけど、これだけ見ればいままでの組合青年部がやってることとあまり変わらない。 だけど、このアンケートでは残業を不可避にしている要因はなにかとか仕事内容の満足度とか現在の環境省は国民からの期待に応えていると思うかという設問をしている。

H教授― 仕事の進め方に七割弱の職員が問題があると回答している。つまり、省内手続きの煩雑さだとか、管理職のマネジメント能力のせいでムダな仕事が多いとか、だね。

H教授― うるさい。そして環境省が国民からの期待に対応しているかどうかでは、ノーと「わからない」がどちらも半数弱で、「応えている」というのは一割弱という結果が出た。

H教授― そうそう、それを言うのを忘れてた。この若手の会は本省も出先も、事務官も技官も、T、U、V種職員も全部含んでいるんだ。 もちろんぼくらの頃も勤務条件の改善みたいな話は全員で組合でやっていたよ。でも、仕事の方向性だとか、自然保護行政の今後のあるべき姿だとか、そういうことに関しては、例えばレンジャーだけが集まって、ああでもない、こうでもないとやったものだけど、それらを全部結集したというのはすばらしいね。 最後に若手の会が来年二月にどういう提言をするかわからないけど、エールを送っておこう。

(浄化槽と下水道秘聞)

H教授― うん、そのためにはまず歴史のおさらいをしておこう。 キミのご両親が子供の頃は多分汲み取り便所だったはずだ。大の場合、ボチャンと落ちてはねかえりを防ぐため、お尻をひょいとあげなきゃならなかった。下をみれば蛆虫が蠢いていてね。

H教授― し尿を汚いと思うところからしてそもそも間違っている。欧米ではし尿は汚物として、一日も早く系外に、つまり、河川に放流しようとした。それが下水道の起源だ。 日本ではし尿は貴重な資源として近在の農民が買いにきたんだ。それは高度経済成長のまえまで続いた。ボクもかすかに覚えているよ。畑の片隅にはそのし尿を熟成させる「肥えタゴ」が必ずあった。だから、日本の河川は欧米と比較にならないほどきれいだったんだ。

H教授― ところが進駐軍がそれを不衛生だとして嫌い、また、一方では化学肥料が出現して一変。 かくてし尿は資源から汚物になり、市町村がバキュームカーなどで収集し、し尿処理施設で処理したあと河川に放流したり、未処理のまま直接海の沖合いに投棄(海洋投棄)するようになった。 いまでもごく一部海洋投棄してるんだぜ。確か鹿児島だってやってるんじゃなかったかな。

H教授― 近々禁止になるけどね。でも、貧栄養の沖合いじゃ漁業にとってよかったのかもしれないよ。 ま、いずれにせよ高度経済成長とともに生活の欧米化が進行し、公共施設などではトイレの水洗化がはじまり、それから各家庭でも水洗化のニーズが急激に高まってきた。それを可能にしたのが下水道だったし、マンションなんかでの大型の合併処理浄化槽だったんだ。 いずれも微生物の働きで有機物を分解する、自然界での浄化作用をより効率的にしたものなんだ。

H教授― ブー。それは集合処理という。 合併というのはし尿と台所排水などの生活雑排水をまとめて処理するものをいうんだ。 こうして昭和三三年に下水道法ができ、大都市部を皮切りに自治体による国の補助を受けての下水道整備が本格化したんだ。

H教授― そういう人たちのために各家庭用のし尿だけを処理するいわゆる小型単独処理浄化槽がすごい勢いで広まっていったんだ。これが昭和四十年代から五十年代にかけて起こった。 さて一方、昭和三十年代から四十年代にかけて都市周辺の河川や内海内湾での水質汚濁はひどいものとなっていた。そして四十年代半ばにそれへの不満が爆発。これで一気に公害規制が進んだんだ。 例えば周辺地域で下水道が整備された隅田川なんかは産業排水規制とあいまって、うんときれいになったけど、多くの場合、都市周辺の河川や内海内湾の汚濁は必ずしもそうでなかった。

H教授― そう、下水道などの生活排水の合併処理は水洗化が主たる目的だったんだけど、この頃から河川などの水質浄化の決め手として認知されたんだ。そして、各家庭用の小型合併処理浄化槽が開発された。 ところが家庭用の小型浄化槽はじめ浄化槽ってのはいずれにしても清掃だとか保守点検だとかのきっちりした維持管理が必要なんだけど、建築基準法で設置時の性能基準が定めてあるだけで、そうしたソフト面の規制がなかったんだ。もちろんマンションなどの大型の浄化槽は水質汚濁防止法で規制されていたけど、小型の家庭用のはフリーパス。 これじゃいけないというんで、関係業界が運動し、議員立法で成立したのが浄化槽法なんだ。昭和五八年に制定され、六〇年に施行された。そして、六二年には各家庭用の小型合併処理浄化槽(以下、小型合併と略)に対する国庫補助制度がはじまった。

H教授― うん、小型合併は単独浄化槽より高くつく。正確に言うとその差額分全額を個人に補助しようとする市町村に対して県と厚生省(現・環境省)が三分の一づつ補助するようにした。 また、それに先立って農村集落などでの農業集落排水処理事業(農排)という集合処理の小型下水道みたいなものの農水省補助事業もはじまっていた。この農排も法的には大型の浄化槽ということになる。 つまり昔の役所で言えば建設、厚生、農水三省の競争というか縄張り争いがはじまった。とくに建設と厚生の対抗意識が強かった。ま、このあたりは県レベルでは桑畑さんが一番詳しいし、苦労されたんだと思うよ

H教授― ぼくは当時水質規制課にいたんだけど、環境庁の立場では、下水道でも農排でも小型合併でもなんでもいいから早く家庭雑排水の処理をしてくれの一語に尽きた。

H教授― 建設省に言わせると、小型合併だとか農排は下水道が整備されるまでの「つなぎ」にしかすぎない。21世紀の遅くない時期に下水道の普及率を国民の九割にまで上げると公言していた。いまでもその旗は降ろしていないんじゃないかな。 これに対して厚生省は性能面でも下水道と対等の施設だと主張していた。 一方、建設省は小型合併は維持管理がきちんとできてないことが多いじゃないかと反論してた。

H教授― うん、それはそうなんだ。浄化槽法では義務付けてあるけど、実効性のある罰則がなく、実際の法定検査率が低いのは事実。

H教授― 確かに都市部では下水道のほうが効率的だよ。でもねえ、田舎みたいなところじゃ、延々と下水管をはりめぐらさなければいけないから、圧倒的にコストが高くつく。 ウルグアイ・ラウンドで公共投資の大幅増を国際公約にしちゃったから、多くの市町村が下水道に飛びついたんだけど、下水道は金食い虫で、それで自治体赤字がぐっと膨らんだという話もある。 それに下流でまとめて処理してから放流するわけだから、その間の河川の水量低下という問題だってある。 個人的見解だけど、現在の普及率はほぼDID(人口集中地区)人口に達したんだから、面的整備よりも高度処理だとか合流式の欠陥是正のほうに転換すべきじゃないかな。

H教授― 高度処理は富栄養化対策で窒素や燐などを処理すること。また、都市部では雨水排除という機能も持たせるため、雨水も一緒に処理することが多く、これを合流式というんだけど、大雨のときは汚水と一緒になって未処理のままオーバーフローしちゃうんだ。

H教授― 平成6年度から市町村が事業主体になって各家庭に小型合併を設置し、使用料金等を徴収して維持管理も市町村が行うという事業に対する補助制度もスタートした。これがもっともリーズナブルだと思うな。 小型合併の管理者が各家庭だなんて言ったって管理できるわけがなく、清掃業者、保守点検業者任せにしかならないんだから、遅きに失したとさえいえるんじゃないかな。

H教授― うん、これも長い間の懸案だったけど、ようやく平成一二年に浄化槽法が改正され、単独浄化槽は原則禁止となった。いままでの単独浄化槽は「みなし浄化槽」ということで、更新の時期が来るまではそのままということになったけど。

H教授― (小さく)中古住宅で単独浄化槽だった。 でも市役所に聞いたら、下水本管があと百メートルほどのところまで来ていて、一、二年内に下水道区域になるので、補助制度はないし、二重投資になるのは資源の無駄遣いになるからそのままにしてるんだ。

H教授― 一体どうなってるんだろう。まったくお役所仕事というやつは。 (急いで話題を変えるように)それからね、下水道は特別会計で独立採算が原則なんだけど、多くの自治体では赤字になっていて、一般会計から赤字補填してることがよくあるんだ。でも、これなんか、恩恵を蒙らない人々の税金と合わせて補填してるんだからおかしいよね。ましてや小型合併で処理している人の税金を使うなんてとんでもないことだ。 それから折角小型合併にしても、何年かして下水道区域になれば下水道への接続義務が生じるんだ。これも二重投資だからやめるべきだよね。 このあたりは桑畑さんがいつもおっしゃってることだけどね。

H教授― (消え入るように)だから、てんぷら油なんかはふき取ってるし、味噌汁だと米のとぎ汁だとかそんな濃厚な排水は裏の庭に撒いてるよ。クルマだって七年間いちども洗車してないよ。 そんな目でみるなよ。だって仕方ないじゃないか。

H教授― いっぱいあるよ。まずは窒素、燐も処理できるような技術開発だよね。それからあとは下水道も共通だけど、水洗では大量に水を使うよね。やっぱり、節水型の水洗便所とそれに対応した浄化槽開発が必要じゃないかな。さらには浄化槽排水や下水道排水の中水としての循環・再利用。 それから汚泥の発生はどうしようもないんだけど、いまはほとんど産業廃棄物として脱水・乾燥したあと焼却処理している。これを有機農業、環境保全型農業とリンクさせて、農地還元するシステムづくりだとか、ローカルな循環型社会を考える際に浄化槽抜きでは考えられないね。

H教授― 知らない。いまは三省の連絡会議みたいなのもあるし、昔のようなことはないと思うけど、浜の真砂とお役所の縄張り争いはなんとやらというから、見えないだけであるのかもしれない。ま、いい意味での競争ならいいんじゃないの。

H教授― 昔、ボクも水質規制課時代、よんどころない事情で、汚濁小河川を直接浄化するという補助制度を創設しなければならない羽目にあったことがあったんだけど、これなんてこの三省庁の事業や建設省河川局の事業との隙間事業で競合しかねないものだったね。

H教授― もう時間切れだ。また、こんど機会があったらしよう。

H教授― うん、じゃ、読者のみなさまもいいお年を。

(平成一五年一一月二五日)
お断り:本稿はEICネット(http://www.eic.or.jp)「H教授の環境行政時評第一〇講」(平成一五年一一月)の一部と同一一講(平成一五年一二月)(予定)を用いて改稿、補筆したものです。