環境漫才への招待

有機汚濁指標・雑考

H教授― さあ、どうだろう。それがわかるほど、科学は進歩してないよ。でもその可能性はあるというか強いと思うよ。 でも、その逆のほうはもっと確かだ。

H教授― 異常気象が温暖化を加速させることだ。

H教授― だってこれだけ暑いとエアコンの使用量が増える。電気の使用量が鰻上りになる。そうした電力需要に対応するため火力発電がフル稼働する。そうなるとCO2の排出量も増えてロングタームでみれば温室効果を加速させる。

H教授― 火力発電がフル稼働すればCO2だけじゃなくて廃熱も水蒸気の排出も増える。気象の不安定要因が増えれば台風や豪雨だって増えることがあったっておかしくない。

H教授― そりゃそうさ。思いつきでいっただけだから。

H教授― うーん、産業界の委員も入れて検討をしているらしいけど、相当長期戦になるみたいだ。

H教授― お、なんだ。

H教授― おいおい、いきなり剛速球だな。

H教授― うん、ぼくが県の公害規制課長になり、はじめて水環境関係にも携わったんだが、レクチュアで最初にした質問がそれだった。

H教授― 一応の説明らしきものがあったけど、あまり説得力がなく、納得できなかった。環境庁に帰り水質保全局にいたときも、なんどか同じ質問をしたけど、しっくり来なかった。だれかが本誌で素人にもわかりやすい科学的な説明をしてくれないかなあ?

H教授― そりゃそうだよ。

H教授― 測ってるものが別だから、換算などできるわけがない。もちろん或る水域でずうっと長期的に両方を計測して統計解析すれば換算式はできるかも知れないが、イコールオールジャパンでの換算式にはならない。

H教授― そもそも有機汚濁ってなんなんだ。

H教授― じゃ有機物って?

H教授― じゃ、CO2は有機物か?

H教授― いやあ、どんどん質問していくと結構わかっているようで、わからないことがいっぱいでてくる。それを確認したかったんだ。

H教授― うるさい。有機物というのはそもそもは生体起源や生体を構成している炭素化合物すべてを指してたんだけど、同じものを無機的に、つまり生命活動を介さなくてもできることもあることがわかってきたから、有機物とか有機化合物というのを科学的にぎりぎり定義することはムリがある。

H教授― そんなことはない。一般的、常識的な使い方をすれば十分に意味がある。つまり生体起源や生体を構成している炭素化合物で、種類はいっぱいあって、主たる構成元素は炭素の他、水素、酸素だぐらいに理解しておけばいいだろう。 で、有機物は自然の循環の中で分解されるという特徴がある。

H教授― もう少し我慢しろ。つまり酸素が豊富な条件下で、バクテリアが酸素を用いて分解する。主たる最終生成物は炭酸ガスCO2と水H2O。

H教授― 酸素がない条件下では別のバクテリアが分解してくれる。この場合の最終生成物はメタンCH4と炭酸ガス。これを嫌気性分解という。

H教授― そのとおり。物が腐るということは分解途上にあるということだ。物が燃えるということは急激な酸化分解が起きているということだ。

H教授― 簡単に分解するものと、分解しづらいものがある。紙や木は分解しにくいし、石炭なんかもっと分解しにくく、人間の歴史程度のタームでいえば永久に分解しないといえるかもしれないけど、地球史的視点に立てば分解する。 それが自然の循環ということの意味だ。

H教授― さて酸素の多い条件下で有機物は酸化分解するという特徴を生かして、水中の有機物の量を間接的に測る指標がBODやCODなんだ。

H教授― いまはそうした測定法もあるけれど、昔はそれほど一般的じゃなかった。

H教授― 5日間20度という条件でね。だから5日以内に分解される有機物の量の間接的な指標になる。

H教授― だから用いる酸化剤によってその数値は変わる。外国では重クロム酸ソーダを使うのが一般的だが、日本では昔クロム公害というのがあったから忌避されて過マンガン酸カリを使っている。だから諸外国のCODと日本のCODは測るものがちがうのだから比較は不可能。

H教授― 一概にいえない。現実に起きている自浄作用を再現しているという意味ではBODだが、測定に一週間もかかるという難点がある。あとN-BODの問題がある。

H教授― そう、アンモニアNH3は生体起源のものが多いが炭素化合物でないから無機物とされる。アンモニアは、或る種のバクテリアの働きで水中の酸素を用いて亜硝酸イオンNO2や硝酸イオンNO3に酸化される。これを硝化というんだけど、このとき消費された酸素量もBODとしてカウントされてしまう。 BODは有機物の量を間接的に測るだけでなくなってしまう。

H教授― CODは過マンガン酸カリで酸化分解される有機物の量を間接的に測ってるだけで、現実のバクテリアで分解されている易分解性有機物量とも、難分解性のものもひっくるめての総有機物量とも無関係で、現実の環境中のいったい何を反映して測っているのかよくわからないという批判がある。

H教授― だから専門家の間ではBOD、CODとも評判はよくない。

H教授― そうはいかない。だっていままでのデータはすべてBOD、CODだから、過去との関連が断ち切られてしまうのは、行政的にはきわめてまずい。

H教授― でもねえ、微視的にみれば、或いは厳密にアカデミックな立場からすると、なにを測ってるのかわからないと言えるのかもしれないが、いままでのBOD、CODの数字が現実の水域の汚染度・汚濁度を例外はあるにせよおおむね表しているのも事実だと思うよ。研究論文じゃないんだから、だったらそれでいいじゃないかというのもひとつの考え方だ。

H教授― 例外はあるだろうがーどの程度例外があるかは知らないけれどーそう言ってもいいんじゃないかな。

H教授― 一般的な傾向としてはね。でもその間の関係を数式に表せるほどのものじゃない。

H教授― SSの大半が有機性の浮遊物質だったらいいけど、条件次第で無機性の浮遊物質が多いことも考えられ、BOD、COD以上に、有機汚濁の指標としては信頼性がないということじゃないかな。単なる濁りというんだったらそれでいいと思うけど、豪雨や低泥からの巻上げからくる濁りを人為、とくに排水規制でコントロールするのはむつかしいから、意味がないともいえる。

H教授― 風が強かったり、波が荒かったりすると空気中から酸素が補給されるから、これも有機汚濁の指標としては安定性がなく、とくに発生源からの排水規制とのリンクということから考えると信頼性がなさそうだ。

H教授― 透明度というのは白い円盤をだんだん吊り下げていってどこまでその円盤が見えるかということなんだけど、天候によって大幅に数字が変わるからむつかしそうだ。

H教授― 水生生物による指標なら一応はある。ほかにも昔から白い鳥が来る水域は汚いけど黒い鳥が来る水域は清冽だなんて話を聞いたことはあるけど、規制にはリンクできそうにないなあ。

H教授― だけど透視度を使うという方法はあるかもしれない。

H教授― 1メートルのガラスの筒の底に十字が書いてあって、筒の上から水を注いでいって十字がどこまで見えるかで、汚濁の程度を判断するんだ。

H教授― ボクは自分ではいちどもBODもCODもSSもDOも透明度も測ったことはないんだけど、透視度だけはやったことがあるんだ。

H教授― 霞ヶ関の技官なんて大学時代はともかくとして、役人になってからはほとんど自分では測定したことはないと思うよ。そこが県の技術屋さんとは大違いなんだ。

H教授― (苦笑して)いいんじゃない。県と対等の立場で、県の技術屋さんから謙虚に学ぶ姿勢さえあれば。ま、それが片鱗もない鼻持ちならないのもいるけれど。

H教授― え?

H教授― ま、一般の水域なら1メートルじゃ足りないのがほとんどだろうから、そのときは折畳式で延長すればいい。だけど、事業場排水なんてのはBOD、CODに変えて透視度の排水基準を作ったらどうかと思うんだ。

H教授― なんだって!

H教授― ボクはかつて水質保全で給料をもらってたんだぜ。だからプロに決まってるじゃないか。

H教授― だけど専門家じゃないのは確かだ。だからボクの個人的な意見というか独断と偏見に満ちた愚見がどの程度的を得ているかボクにも自信がない。だから専門家の率直なご意見を伺いたかったからこの場を借りたんだ。 ま、さしづめキミは単なる刺身のツマだな。