環境漫才への招待

環境行政ウオッチング ― BODとCOD

H教授― さあ、どうだろう。それがわかるほど、科学は進歩してないよ。でもその可能性はあるというか強いと思うよ。 でも、その逆のほうはもっと確かだ。

H教授― 異常気象が温暖化を加速させることだ。

H教授― だってこれだけ暑かったんだからエアコンの使用量は大幅に増え、電気の使用量が鰻上りになったにちがいない。そうした電力需要に対応するため火力発電がフル稼働したはずだ。おまけに関電なんかは美浜原発はストップしたまま。そうなるとCO2の排出量も増えてロングタームでみれば温室効果を加速させる。

H教授― 火力発電がフル稼働すればCO2だけじゃなくて廃熱も水蒸気の排出も増える。気象の不安定要因が増えれば台風や豪雨だって増えることがあったっておかしくない。

H教授― そりゃそうさ、たったいまの思い付きだもん。

H教授― 国民の支持をバックにしてりゃあ、リーダーシップを発揮したと評価されるんだろうけどねえ。

H教授― 完全な郵政民営化シフトだねえ。コイズミさんは政治家として昔からいいつづけた唯一の政策というか信念だから、なんとしてもやりとげたいんだろうな。ま、お手並み拝見といこうか。でもなんのためのだれのための郵政民営化なのかをきちんと説明する義務だけは果たして欲しいね。 つぎは国際情勢だ。なんかひとつとりあげてごらん。

(時評1−国際情勢と温暖化対策の動向)

H教授― そりゃ、キミの単なる願望だろう。ブッシュ政権に神風が吹いているじゃないか。

H教授― チエチエンの学校爆破事件だ。昔、読んだカミュの本でテロリストが大公暗殺を企て馬車に爆弾を投げようとしたんだけど、大公のいたいけない甥と姪が大公のそばにいたのを見て断念したという話があったけど、それとは隔世の感があるね。

H教授― あれで少なくとも短期的にはテロリスト掃討を叫ぶブッシュの支持が高まったことは間違いない。 ビンラデイン一派はもともとCIAが育てた鬼っ子だったという話があるけど、敵役としてのブッシュがこんごも必要だと思って、エールをああいう形で送ったのかも。

H教授― そうなることも覚悟しておいたほうがいいということだ。ついでに言っておくとこの事件がきっかけでプーチンはブッシュ支持を強め、ロシアは最後まで京都議定書を批准せず、京都議定書はオクラ入りという可能性もかなりでてきたような気がしてきた。

H教授― 予定は未定だ。でも、EUは京都議定書がどうなろうとCO2削減をしていくと思うよ。米国に対抗して軍事的にではなく文化的倫理的なヘゲモニーをとろうとするだろう。英国も世論に逆らっていつまで米国追随路線をとっていけるか怪しい。 だから問題は日本だよねえ。(ため息)

H教授― 各省ばらばらに骨子案をだしたけど隔たりは大きく、どうなるか先行きはまだまだ不透明だ。 環境省は環境税(温暖化対策税)創設を農水省と共同で来年度の税制改正要望のなかでするみたいだけど、既存のエネルギー税制との関係も不明瞭なままだし、経産省も産業界も反対している。まあ、それでも京都議定書が発効すればなんとかなるかもしれないけど、発効しなければむつかしいんじゃないかなあ。 あとの環境省案の目玉は国内の排出権取引制度と大発生源の温室効果ガス排出量公表義務付けだけど、どっちも経産省も産業界も反対してるから、これもどうなるかわからない。

H教授― 絶望の虚妄なるは・・・

H教授― 老人じゃなくて魯迅なんだけど・・・

H教授― (断固として)希望は自分で作り出すものなんだ。

(時評2−普天間飛行場の辺野古沖移設を巡って)

H教授― 向こうの新聞は連日8月に起きた宜野湾市の米軍ヘリ墜落に端を発した普天間基地の辺野古沖移設問題でいっぱいだった。

H教授― そりゃそうだけど、これも長い歴史があってねえ。

H教授― もともと沖縄島民のほとんどは日本復帰を願っていたけど、それは米軍基地撤去とセットの要求だった。でも、冷戦のさなか、そんなことできようわけもなく、復帰はしたものの、基地はそのまま。それに対する不満がずうっとくすぶっていて、それが何かの事件のたびに燃え上がる。 ヘリ墜落のまえ95年にも米軍兵士による少女暴行事件がきっかけで反基地感情が盛り上がり、ついに米国は宜野湾市の中心部を占めていた広大な普天間飛行場撤去に条件付で同意した。

H教授― だから「代替施設が完成し、運用可能になれば撤去する」という条件付きだったんだ。 となると日本政府が移転先を探して代替施設をつくらなきゃいけない。でもねえ、そんなものおいそれと引き受けようとするところなんてふつうはない。だから結局は移転先は沖縄県内となって、ほっぺたを札束でひったたくようにして、やっと決まったのが名護市の辺野古沖の海上埋め立てでこれが99年暮れ。

H教授― そりゃ起きるよ。美しいさんご礁を埋め立てるんだし、貴重なジュゴンの回遊場所でもあるみたいだから、強い反対運動が起きてなかなかアセス調査にも入れないまま今日まで来たんだ。

H教授― 米軍だって本心から移設を望んでるわけじゃないから、日本に圧力もかけなかった。日本でも橋本内閣が熱心にこの話をまとめたんだけど、それ以降の内閣は強力に推し進める気持ちもなかったみたいだから、ずるずると延びてきた。

H教授― 怒ればその矛先は辺野古沖埋め立て反対派住民にいくだけだとタカをくくってたんじゃないかな。

H教授― だからそれまでアセスのためのボーリング調査だって反対派住民の抗議行動のたびに延期してきたんだけど、ここへ来てそうは行かなくなって強行突破して調査を開始した。

H教授― 宜野湾市民の大半は辺野古沖移転なんて望んでないよ。かれらが望んでいるのは普天間返還だけだ。そして怒りの矛先は辺野古沖埋め立て反対派に向かず、米軍と弱腰の日本政府、そして沖縄にツケを押し付けて平然としている本土住民に向いているといっていいと思う。 そのことにわれわれはもっと痛みを感じるべきだね。

H教授― そんなことここで言えるわけないじゃないか。桑畑さんの立場も考えてみろよ。

H教授― 自慢じゃないが作り方がわからない。

H教授― じゃ、キミ作ってくれるか。

H教授― へえ、修士論文に忙しいねえ、へえ。合コンに行くヒマはあるみただけどねえ。

(時評3−諫早干拓工事中止仮処分と核燃サイクル)

H教授― ああ、あれにはびっくりしたな。ま、工事自体はほぼ完成しかけているし、地裁段階の決定で、国は直ちに異議申し立てをしたから、ひっくりかえる可能性が高いだろうけど。

H教授― と農水省側は思ってるんだろうな。でも個別法を遵守したからってすべてが許されるわけじゃない。公害の場合でも排出基準をきちんと守っていても現に被害が出れば排出者の責任になる。

H教授― 憲法とか民法上の保護に値する権利の侵害ということじゃないかな。 いかに個別法をクリアし、きちんと民主的に手続きを踏んだとしても、だれがどうみてもおかしいものはおかしいと裁判官が判断すればそういう決定がでてきても不思議ではない。 現に六十年代、公害法規が未整備なときにそういう司法判断が続出し、これで一気に公害立法や公害行政が進展した。そういう意味ではマトモな市民感覚を大事にした司法判断じゃないかな。 ま、あれだけの干潟を埋め立てて環境上の影響は軽微だとするアセスがそもそもおかしいと思うよ。それに減反減反と騒いでいて、一方では優良農地を造成するという計画も筋が通らない。

H教授― もともとは農地拡張の計画で、それじゃあ理屈が通らなくなったから、そういう理屈の後付けをしたんだ。 長良川河口堰だって似たようなもんだったなあ、利水目的をいつのまにか治水目的にすりかえて強行突破したもの。

H教授― そりゃあそうだけど、個々の役人はそう動くしかないから、それを止められなかった政治家の責任だろう。

H教授― うん、あれだけ騒がれた核燃サイクルだけど、やっぱり経産省・エネ庁は初志貫徹、核燃サイクル路線で行くみたいだ。

H教授― そのメンバー構成が核燃サイクル維持派に偏っているそうだし、来年度予算要求案では核燃サイクル推進を前提としている。で、新聞情報ではそのため省内庁内のサイクル見直し派官僚を一掃したとでていた。 政治家はなにをしているのかなあ。まあ、まだこれから一波乱も二波乱もあると思うけどね。

H教授― そりゃそうさ。そういう政治家を選んだのも国民だし、そういう愚策を見過ごすのも国民だから、国民の責任がいちばん大きいよ。

H教授― そんなことないよ。例えばプロ野球だ。 ろくでもないオーナーたちが密室で独断専行しようとした一リーグ制への移行を止めるため立ち上がったのは古田をはじめとする選手会だし、その選手会のストを支持したフアンたちだ。 もちろん、まだ勝負がついたわけじゃないが、新規参入容認、二リーグ制維持ということになるんじゃないかと思うよ。 だから、環境問題でもなんでもそうなんだけど、声を挙げることが大事なんだ。

H教授― うーん、産業界の委員も入れて検討をしているらしいけど、相当長期戦になるみたいだ。

H教授― お、なんだ。 

(BODとCOD)

H教授― おいおい、いきなり剛速球だな。

H教授― うん、ぼくが鹿児島県の公害規制課長になり、はじめて水環境関係にも携わったんだが、レクチュアで最初にした質問がそれだった。

H教授― 一応の説明らしきものがあったけど、あまり説得力がなく、納得できなかった。環境庁に帰り水質保全局にいたときも、なんどか同じ質問をしたけど、しっくり来なかった。だれかが本誌で素人にもわかりやすい科学的な説明をしてくれないかなあ?

H教授― そりゃそうだよ。

H教授― 測ってるものが別だから、換算などできるわけがない。もちろん或る水域でずうっと長期的に両方を計測して統計解析すれば換算式はできるかも知れないが、イコールオールジャパンでの換算式にはならない。

H教授― そもそも有機汚濁ってなんなんだ。

H教授― じゃ有機物って?

H教授― じゃ、CO2は有機物か?

H教授― いやあ、どんどん質問していくと結構わかっているようで、わからないことがいっぱいでてくる。それを確認したかったんだ。

H教授― うるさい。有機物というのはそもそもは生体起源や生体を構成しているものすべてを指してたんだけど、同じものを無機的に、つまり生命活動を介さなくてもできることもあることがわかってきたから、有機物とか有機化合物というのを科学的にぎりぎり定義することはムリがある。

H教授― そんなことはない。一般的、常識的な使い方をすれば十分に意味がある。つまり生体起源や生体を構成している炭素化合物で、種類はいっぱいあって、主たる構成元素は炭素、水素、酸素ぐらいに理解しておけばいいだろう。 で、有機物は自然の循環の中で分解されるという特徴がある。

H教授― もう少し我慢しろ。つまり酸素がある条件化で、バクテリアが酸素を用いて分解する。主たる最終生成物は炭酸ガスCO2と水H2O。

H教授― 酸素がない条件下では別のバクテリアが分解してくれる。この場合の最終生成物はメタンCH4と炭酸ガス。これを嫌気性分解という。

H教授― そのとおり。物が腐るということは分解途上にあるということだ。

H教授― 簡単に分解するものと、分解しづらいものがある。紙や木は分解しにくいし、石炭なんかもっと分解しにくく、人間の歴史程度のタームでいえば永久に分解しないといえるかもしれないけど、地球史的視点に立てば分解する。 それが自然の循環ということの意味だ。

H教授― さて酸素の多い条件下で有機物は酸化分解するという特徴を生かして、水中の有機物の量を間接的に測る指標がBODやCODなんだ。

H教授― いまはそうした測定法もあるけれど、昔はそれほど一般的じゃなかった。

H教授― 五日間二十度という条件でね。だから五日以内に分解される有機物の量という指標になる。

H教授― だから用いる酸化剤によってその数値は変わる。外国では重クロム酸ソーダを使うのが一般的だが、日本では昔クロム公害というのがあったから忌避されて過マンガン酸カリを使っている。だから諸外国のCODと日本のCODは測るものがちがうのだから比較は不可能。

H教授― 一概にいえない。現実に起きている自浄作用を再現しているという意味ではBODだが、測定に一週間もかかるという致命的な難点がある。あとN―BODの問題がある。

H教授― そう、アンモニアNH3は生体起源のものが多いが炭素化合物でないから無機物とされる。アンモニアは、或る種のバクテリアの働きで水中の酸素を用いて亜硝酸イオンNO2や硝酸イオンNO3に酸化される。これを硝化というんだけど、このとき消費された酸素量もBODとしてカウントされてしまう。 BODは有機物の量を間接的に測るだけでなくなってしまう。

H教授― CODは過マンガン酸カリで酸化分解される有機物の量を間接的に測ってるだけで、現実のバクテリアで分解されている易分解性有機物量とも、難分解性のものもひっくるめての総有機物量とも無関係で、現実の環境中のいったい何を反映して測っているのかよくわからないという批判がある。

H教授― だから専門家の間ではBOD、CODとも評判はよくない。

H教授― そうはいかない。だっていままでのデータはすべてBOD、CODだから、過去との関連が断ち切られてしまうのは、行政的にはきわめてまずい。

H教授― でもねえ、微視的にみれば、或いは厳密にアカデミックな立場からすると、なにを測ってるのかわからないと言えるのかもしれないが、いままでのBOD、CODの数字が現実の水域の汚染度・汚濁度を例外はあるにせよおおむね表しているのも事実だと思うよ。研究論文じゃないんだから、だったらそれでいいじゃないかというのもひとつの考え方だ。

H教授― 例外はあるだろうがーどの程度例外があるかは知らないけれどーそう言ってもいいんじゃないかな。

H教授― 一般的な傾向としてはね。でもその間の関係を数式に表せるほどのものじゃない。

H教授― SSの大半が有機性の浮遊物質だったらいいけど、条件次第で無機性の浮遊物質が多いことも考えられ、BOD、COD以上に、有機汚濁の指標としては信頼性がないということじゃないかな。単なる濁りというんだったらそれでいいと思うけど、豪雨や低泥からの巻上げからくる濁りを人為、とくに排水規制でコントロールするのはむつかしいから、意味がないともいえる。

H教授― 風が強かったり、波が荒かったりすると空気中から酸素が補給されるから、これも有機汚濁の指標、とくに発生源からの排水規制とのリンクということから考えると信頼性がない。

H教授― 透明度というのは白い円盤をだんだん吊り下げていってどこまでその円盤が見えるかということなんだけど、天候によって大幅に数字が変わるからむつかしそうだ。

H教授― 水生生物による指標なら一応はある。昔から白い鳥が来る水域は汚いけど黒い鳥が来る水域は清冽だなんて話を聞いたことはあるけど、規制にはリンクできそうにないなあ。

H教授― だけど透視度を使うという方法はあるかもしれない。

H教授― うん、一メートルのガラスの筒の底に十字が書いてあって、筒の上から水を注いでいって十字がどこまで見えるかで、汚濁の程度を判断するんだ。

H教授― ボクは自分ではいちどもBODもCODもSSもDOも透明度も測ったことはないんだけど、透視度だけはやったことがあるんだ。

H教授― 霞ヶ関の技官なんて大学時代はともかくとして、役人になってからはほとんど自分では測定したことはないと思うよ。そこが県の技術屋さんとは大違いなんだ。

H教授― (苦笑して)いいんじゃない。県と対等の立場で、県の技術屋さんから謙虚に学ぶ姿勢さえあれば。ま、それが片鱗もない鼻持ちならないのもいるけれど。

H教授― え?

H教授― ま、一般の水域なら1メートルじゃ足りないのがほとんどだろうから、そのときは折畳式か継ぎ足し式のものを開発すればいい。事業場排水なんてのはBOD、CODに変えて透視度の排水基準を作ったらどうかと思うんだ。

H教授― なんだって!

H教授― ボクはかつて水質保全で給料をもらってたんだぜ。だからプロに決まってるじゃないか。

H教授― (にやっとして)プロだったけど素人だったのも事実だ。だからボクの個人的な意見というか独断と偏見に満ちた愚見がどの程度的を得ているかボクにも自信がない。だから専門家の率直なご意見を伺いたかったからこの場を借りたんだ。 ま、さしづめキミは単なる刺身のツマだな。

(平成十六年九月二十八日)
(瀬戸内海三十九号(平成十六年十月、瀬戸内海環境保全協会)およびH教授の環境行政時評第二十一講(平成十六年十月、EICネット)の拙稿を改稿しました。)