役人時代の環境小論

ハワイの保護地域

東西センターは、米国連邦議会により、東西の文化的技術的交流の促進を目的として設立された、ハワイのホノルル市にあるユニークな研究機関です。筆者は昨年8月から今年3月まで環境庁からここに派遣され、ハワイ・太平洋諸島の保護地域制度について調査してきました。

註:「保護地域」の定義については国際自然保護連合の難解なものがありますが、ここでは「法律や公的な権威に基づいて、自然環境やそれに密接に関連する景観、生物、地物や事象について、人為による改変から完全に、或いは一定程度以上、保護することを主目的とするシステムにより、一定の広がりをもって定められた自然的地域」程度の意味で用いています。

日本の国立公園などの保護地域は、法律により区域を定めて、その区域内においては一定の行為に土地所有の如何を問わず規制をかけるという、いわゆる「地域制」のシステムをとっています。これに対し米国などでは土地の所有・管理権に基づいて設定される保護地域が一般的で、よく「営造物」と称されるものです。

日本で「地域制」のシステムをとっているのは、米国とちがい、狭い国土に多くの人が住むからだとよくいわれています。そこで、同じ島国のハワイなどの保護地域制度について、その実態を具体に調べることにしました。

なお、筆者のハワイでの調査については道路緑化保全協会から助成をえました。本誌を借りて謝意を表します。

1.米連邦の保護地域制度

ハワイはいうまでもなく、米国の一部ですから、まず米国についての保護地域制度について概要を述べることにします。

米国には連邦政府ー州政府ー郡・市の三つのレベルの行政体があります。一見すると日本の政府ー都道府県ー市町村と同じようですが、米国では州政府の自立性がはるかに高くなっています。というのも連邦政府の権限というのは、各州政府から委託されたもので、各州あっての連邦だというのが基本的な考え方だからです。各州政府では独自の憲法までもっています。

したがって保護地域制度についても連邦レベルのものの他、州レベル、郡・市レベルのものが独自に存在していますし、州レベル以下のものについては各州によって全く異なります。

日本では例えば国立公園は国が指定し、国が管理するということにはなっても、実体的には都道府県と一緒になって管理しているといって過言ではないでしょうが、その点が全く違っています。連邦政府の保護地域制度で代表的なものは、ひとつは内務省国立公園局の所管する国立公園などの「国立公園体系」に属するものです。国立公園の他、各種の名称の公園などがあり、その一つ一つをユニットと呼びますが、いずれにせよ公衆の利用のため国立公園局が土地を専用的に管理している「営造物」です。もう一つは同じ内務省の魚類・野生生物局が所管している「国立野生生物保護区(National Wildlife Refuge)」です。こちらは貴重な野生生物の保護のために、それを支える生態系を含めて保護しようとするもので、多くの保護区はフェンスで囲むなどして保護されています。もちろんこれも「営造物」です。

これらの管理のために、国立公園では数十名規模のレンジャーなどの現地職員を置き、自然解説や施設の整備・管理から防災まで多様な業務を行っていますし、国立野生生物保護区でも専任の職員を何人も置き、管理と調査研究を行っています。

また、連邦所有地で原生的と認められる地域については「原生地域(Wilderness Area)」として、その所管機関で保護管理することが定められています。国立公園や国立野生生物保護区の多くがこの原生地域として管理されています。

2.ハワイ州の保護地域制度

ハワイ州政府でも、独自の保護地域制度を設けていますが、特筆されるのは「営造物」の保護地域だけでなく、一種の「地域制」による保護地域のシステムがあることです。

すなわち、ハワイでは州法により、連邦所有地を含め土地所有の如何を問わず、全州土を都市地域、農業地域、山村地域、自然保護地域[Nature Conservation District]の四つに区分し、それぞれの区分毎に一定規模以上の行為を規制しています。自然保護地域はさらに五つのサブゾーンに分けられ、それぞれごとに許可基準が決められていますから、日本の自然公園などの「地域制」によく似ています。なお、海域は州の管理下にありますが、必要な場合自然保護地域にも指定され、特に「海域自然保護地域(Marinelife Conservation District)」と呼びます。

そして、この自然保護地域のなかに、連邦や州の「営造物」の保護地域が島のように浮かんでいることになります。

州の営造物としては連邦と同様、公衆の利用を目的とした州立公園などの「州立公園体系」と、国立野生生物保護区の州政府版のような「州野生生物保護区(Wildlife Sunctuary)」があり、さらに連邦の原生地域に対応するものとして「自然保全地区(Natural Area Reserve)」も設定されています。

また、パブリックビーチの多くは郡や市におけるビーチパークになっており、営造物として管理されています。

ただし、州や郡、市の保護地域は「営造物」とはいっても、現地駐在職員を置いていないのがふつうのようです。

また、NGOが土地を取得して私設の保護地域として管理する動きも盛んです。

3.オアフ島の保護地域めぐり

ハワイは八つの大きな島とその属島からなっています。全部合わせても四国の約半分の面積で、人口は百十万人です。首都ホノルルはオアフ島にあり、人口は八十万人を越しています。オアフ島の人口密度は500人/平方キロを越し、日本のそれを大きく上回っています。ハワイはまた世界有数の観光地です。観光客数は年間600万人に達し、うち1/4が日本人です。

筆者が8ケ月住んだオアフ島の代表的な保護地域を紹介しましょう。

ワイキキは観光ハワイのメッカで、日本人租界のような感がしますが、このワイキキの浜辺はホノルル市・郡のビーチパークになっています。ここに限らずビーチや街頭でのアルコールは厳禁です。

ワイキキの東端にそびえるのがダイヤモンドヘッドです。大きな火口がなかにあり、そこまでは車道が到達し、そこからカルデラ壁上の展望台まで急峻な道を歩くのですが、展望台からの景観は素晴らしいものです。このダイヤモンドヘッドは「州記念物[State Monument]」として州立公園体系に組み込まれています。

一方、ワイキキの夜景がもっとも美しいとされるのはタンタルスの丘で、展望園地や遊歩道が整備されていますが、ここは正真正銘の州立公園です。

ワイキキから二十分も東にクルマを走らせると、ハナウマ湾です。噴火口に海水が侵入してできた湾で、カルデラ壁からの景観も抜群ですが、膝までの浅いコーラルの海に入ると無数の魚が戯れかけてくるのに驚かされるでしょう。このハナウマ湾の沿岸海域は海域自然保護地域に指定され、同時に州立公園体系の「海中公園」になっています。また、浜辺や後背地のカルデラ壁上の園地はホノルル市・郡の公園になっています。また、カルデラ壁の一部に小さい火口跡がありますが、ここは民有地で、NGOが買収し、私設の保護地域として管理しているそうで、立入禁止になっています。

オアフ島には国立公園はありませんが、国立公園体系のユニットはあります。USSアリゾナメモリアルがそれです。真珠湾攻撃で沈没したアリゾナ号を戦跡として保存しているものですが、対岸には大きなビジターセンターを設けています。来園者はこのビジターセンターで太平洋戦争の記録映画をみたあと、専用船でアリゾナ号を見に行きます。驚いたことには無料です。日本人にとっては若干辛いものがあるのですが、反日的な色彩は意識的に抑制しています。

この真珠湾に突き出た半島は軍用地になっています。このなかにも保護地域があります。埋め立て地のなかの湿地という人為的な環境ですし、景観的にもすぐれたものとはいいがたいのですが、水鳥の生息地としてフェンスで囲んで保護しています。真珠湾国立野生生物保護区で、軍と魚類・野生生物局が共同して管理しているそうです。

4.その他の島

前節では国立公園に触れることはできませんでした。ハワイ島の火山国立公園は面積92,000ヘクタールに達します。世界一アクテイブな火山活動を誇るキラウエア火山や、四千メートルの高峰マウナロアを擁するこの公園は世界的に有名ですが、ここでは正職員、季節職員、ボランテイア合わせ百名以上が自然解説などに忙しく立ち働いており、彼我の差を痛感せざるをえません。

またこの島には国立公園体系に属する国立歴史公園や国立史跡地もあります。

国立野生生物保護区は公衆の利用よりも保護を優先しますが、必ずしも利用を排除しているわけではありません。カウアイ島のキラウエア岬保護区ではビジターセンターを設け、公衆の利用も積極的にすすめています。

マウイ島のカナハ池「州野生生物保護区」は海岸に近い風光明媚な池や湿地の一帯ですが、広い面積をフェンスで囲み、立入禁止にしています。驚かされるのは、これが大きな街のすぐそばにあることで、日本では埋め立てて街にしてしまうか、公園にして人間の憩いの場にしてしまうことでしょうが、ここでは鳥達のみの憩いの場にしているのです。

(さいごに)

保護地域に関して米国は営造物、日本は地域制というのは間違いではありませんが、少なくともハワイでは地域制も機能しています。 また、人口密度が高いから日本では地域制をとるしかなかったというのも、ハワイをみてみると首を傾げたくなります。

国立公園体系の各ユニットではきわめて濃密な管理がなされていますし、公衆の利用を排除した野生生物保護区が連邦、州で数多く設定され、きちんと管理されているのも驚きでした。

それは単に営造物だからということではなく、国の底力の差のようなものを感じますし、なにより国民の自然保護に対する意識の差に起因していそうな気がします。

ただ、本稿では言及できませんでしたが、サイパンやグアムでは営造物としての保護地域は設定されているものの、自然保護の観点からの広範な地域についての土地利用規制のシステムがなく、日本の地域制のシステムの効用を考えてみる必要を痛感しました。