日本の行政システムにおける「ミテイゲーション」

ア 保護地域におけるミティゲーション−自然公園を例として−

日本でもさまざまな保護地域システムがあるが、代表的なものは自然公園法に基づく国立公園、国定公園、都道府県立自然公園の三種類の自然公園である。日本の自然公園は国土の14%に達する広大な面積を有している。その保護地域システムは、土地の所有権・管理権に基礎を置かず、法的規制に基礎を置く「地域制」といわれる国際的には例外的なシステムである。日本における他のさまざまな保護地域システムも自然公園と似た構造を有する地域制のものであり、本章では自然公園、とりわけ国立公園を保護地域システムの代表例して考察する。

1.保護規制の構造

自然公園法においては「すぐれた自然の風景地の保護」のために指定権者が土地所有の如何にかかわらず審議会の意見を聴いて自然公園を指定できることとされており、自然公園内においては各種の行為に要許可制(特別地域、特別保護地区)や要届出制(普通地域)をしいている。

註:法の規定にかかわらず、国立公園、国定公園の指定や特別地域の指定等(公園計画の決定)には関係各省や関係自治体の合意が必要とされている。

国立公園における許可申請に対しては行政手続法上の審査基準である「審査指針」(局長通知)で対応しており、特別保護地区や第一種特別地域においてはよほどの事情がない限り開発そのものを基本的に門前払いするとともに、他の特別地域においても一定の開発限度を明定している。こうした規制は「公共の福祉=すぐれた自然の風景地の保護」のための公用制限と解されている。国定公園や都道府県立自然公園でもそれに準じた運用を行っている。

註:国の機関が行う行為については許可を要しないかわり協議を要することとされている他は、法文上は申請者が官民かどうかによる差はない。また、「保護や利用の増進を図る」ために国が行うべき公園事業には公用制限は科せられず、国の機関や自治体や民間が環境庁長官の同意や承認や認可を得て国に代わって公園事業を執行することも認められており、かつてはこれが公園利用に関連する公共事業による環境破壊や観光開発の免罪符とされてきたことも否定できないが、今日ではそうしたものも公用制限とほぼ同等の環境保全に配慮した運用がなされている。

しかし、法には同時に「財産権の尊重及び他の公益との調整」規定があり(法3条)、また、規制のために被った損害は補償するという損失補償規定を置いている(法35条)。

註:自然公園法第3条「この法律の適用にあたっては、(中略)関係者の所有権、鉱業権その他の財産権を尊重するとともに、国土の開発その他の公益との調整に留意しなければならない。」 同第35条「国は、(中略)許可を得ることができないため(中略)損失を受けた者に対して、通常生ずべき損失を補償する。」

もっとも厳しい規制を行っている特別保護地区や第1種特別地域は、ほとんどが国公有地であるが、一部の民有地については税制上の優遇措置を講ずるとともに、所有者の申し出に基づいて自治体が土地買い上げを行うときは国が補助するという予算上の制度もあって、損失補償規定は空文化している。

国立公園におけるこうした核心部の面積と民有地の面積それぞれの公園面積に対する割合は表1の通りである。 (表1:国立公園特別保護地区及び第1種特別地域の和並びに民有地の対公園面積比)

こうした核心部においては開発主体が官民のいずれであるかを問わず、ミティゲーションの最優先概念であるとされる「回避」が今日ではなによりも最優先されている。

これ以外の特別地域においては、事業主体の官民を問わず土地所有権を確保したうえで一定限度以下の開発行為を行うことは、憲法上からも許容せざるをえないと考えられてきた。したがって、一定限度を超える開発に対しては一定限度以下になるよう計画を変更させ、それでも生じる環境破壊に対して常識的な範囲内で環境保全・景観保全対策を講じさせるというのが通常の対応である。損失補償規定はここでも適用されたことはない。

また、普通地域においては、大規模な開発については届け出義務を科し、それに対し必要な限度内で禁止、制限等の措置を命ずることができる旨の規定があるが、少なくとも法令上の処分として、ミティゲーション概念でいう「回避」や大幅な「低減」にあたる措置命令が発動されたことはない。

2.自然公園における「回避」

自然公園における「回避」や大幅な「低減」は、法律上の処分(不許可、許可に付する条件、普通地域における措置命令)としてではなく、民間にあっては行政指導、公共事業に対しては事前調整によりなされるのがふつうである。事業計画を対外的に発表しない構想段階での指導、調整により「回避」「低減」がなされた場合は、ふつうそうした指導、調整過程が明るみにでることはない。未調整、調整未了の段階で計画が公表された場合には、ときに反対運動を惹起しつつ、「回避」「低減」への調整過程が表沙汰になることがある。表2にそうした代表的な事例を掲げた。 (表2:国立公園等における回避又は大幅な低減の事例)

尾瀬道路の場合は調整の結果ルート変更という「回避」ないし「低減」がなされ、すべての法的処分が終了したあとで、環境庁長官が事業者に「断念」を要請するという環境庁草創期の特異な「回避」事例である。

大雪山道路の場合は審議会の部会長談話で否定的な見解が出され、それにより断念を余儀なくされた事例である。

屋久島西部林道の場合は審議会で事業決定がなされた際の意見に基づき事業者が自主調査を行いその結果拡幅計画を白紙に戻すとしたものである。

以上はいずれも道路関連の事例であるが、公園内の核心部に道路を新設したり大幅拡幅することは道路法の世界では計画決定していても今日では実現が困難となっていることを物語っている。

新大隅開発計画は鹿児島県が志布志国定公園の中心部に大規模な工業地帯を造成しようとした計画で、反対運動が激化する中で環境庁も公園解除に否定的な見解を示し、大幅に規模を縮小するも収まらず、ついには北端の港湾拡張と南端の出島方式による石油備蓄のみで終焉したものである。当時、同様の大規模開発が青森県の「むつ小川原」でも計画されここでも大規模な反対運動が起きたが、結局「むつ小川原」は当初計画通り開発された。この差はひとつは国定公園の存在であろう。なお港湾拡張と石油備蓄基地は、港湾法と公有水面埋立法によるアセスの対象案件でもあった。

小笠原空港は当初兄島に計画されたが、環境庁との事前調整の段階で兄島構想を断念、現在父島で都条例によるアセス調査中である。本件に関しては自然的資質が高い兄島の当初候補地が国立公園の普通地域で、より低い父島の候補地が特別地域であるという奇妙な事態が起きている。公園指定や公園計画が各省や自治体との調整の中で必ずしも自然的資質を反映するとは限らないことの証左といえよう。

大山山麓ゴルフ場は民間開発の事例である。普通地域において県条例によるアセス調査が実施され、県が環境庁の示した猛禽類の保護対策を指導した結果開発を断念。現在争訟中である。

3.自然公園におけるアセスメント

閣議アセス、アセス法アセス、条例アセス、要綱アセスのいずれも、自然公園内でも当然適用され、その例も前節であげたが、アセス法アセス対象事業の規模はそもそも自然公園、とりわけ特別地域内で許容される規模をはるかに越すのがふつうであり、事業の一部のみが特別地域と重複しているもの等を除きほとんど事例はない。

註:かつては大規模なプロジェクトが公園内で許可されたり、そのために自然公園の一部が指定解除された事例があるが、今日ではそうした事例が出現することはきわめて例外的なこととみなしていいであろう。

ただし比較的大規模な行為については、「審査指針」において独自の環境影響調査の実施を要求している。

なお、以上は陸域についてであり、海域に関しては規制権限が弱く(海中公園地区以外はすべて普通地域である)、港湾整備や公有水面埋立、長大橋などでアセスが実施され、事業が容認されている事例はままみられる。

4.今後の展望と課題

今日の自然公園においては、その核心部(特別保護地区、第一種特別地域)においてはまずは「回避」を最優先させ、周辺部においても一定限度を越す開発に関しては「回避」を最優先させるシステムである。そしてどうしても「回避」できない場合、「低減」のための措置を講じさせてきたし、或る種の「代償」もないわけではなかったが、ノーネットロスというコンセプトは意識されなかった。

「ノーネットロス」を前提にオフサイトでの代償ミティゲーションを民間セクターに義務づけることは、財産権尊重規定との関係上、水面下の行政指導でならともかく、法律上の処分に際して明定することには躊躇せざるをえないであろう。それが可能としてもきわめて限定されたハビタットということになろう。

日本型ミティゲーションを可能にしてきたのは許可権限を背景にした行政指導(審査指針)である。申請→処分(許可又は不許可)という、法律が予定している単純な○か×かの構図に加えて、事前協議段階での「回避」「低減」「代償」という優先順位通りの保全策の検討や技術的検討が、日本型ミティゲーションの実施を促してきた側面がある。

「財産権尊重及び他の公益との調整」規定と損失補償規定を根拠に指導に応じない事例が続出した場合は、司法の判断に委ねざるをえなくなるであろう。不透明な行政指導が批判されている今日、「ノーネットロス」の検討より、まずは審査指針を許可にあたっての審査基準として法定化し、「回避」「低減」をより容易にさせる方が先決であろう。このことは地方分権の制度改革に伴って審査指針の施行規則化が予定されているため、実現する運びにある。さらに、これまでは定められていないが、普通地域における措置命令の発動基準を明確にすることも必要であろう。

一方、いわゆる公共事業に関しては、理念として「ノーネットロス」を掲げ(実際にはその対象となるハビタットの範囲の確定や運用には困難を極めるであろうが)、そのためオフサイトでの代償ミティゲーションを調整のうえ(民間セクターのものとの整合上、法律上の処分としては困難)実行させることは、可能性としてはある。しかし、予算措置のうえで問題があり、これを事業者に押しつけることはよほどの国民的合意がなければ難しい。

また、不要許可行為や既着手行為とみなされる各種公共事業も数多く自然公園内でなされており、一方では一定の範囲内で林業経営(自然林の伐採と人工林への転換)も容認している。現実問題として法の運用をどんなに厳しくしてもすべてのハビタットにおいて「ノーネットロス」を担保することは現時点では不可能である。

国立公園における行為の許可件数は表3の通りであるが、その結果どれだけの面積が改変されたかという定量的なデータは整備されておらず、それ以前に自然公園における土地利用などのデータも個別の公園ごとに詳細には把握されていないのが現状である。今後はそうしたデータベースの整備充実が必要となろう。 (表3:自然公園内許可件数)