日本の行政システムにおける「ミテイゲーション」

ウ いわゆる白地地域でのミティゲーション

環境保全の観点からその価値が法律上或る程度位置づけられている保護地域や瀬戸内法適用海域においてもこのような問題があるのだから、その位置づけがないいわゆる白地地域においては、「回避」→「低減」を優先的に検討するというミティゲーションの展開はさまざまな困難をはらんでいる。ここでは広義の環境アセスメントとの関わりで考察を行う。

1.閣議アセス

従前の閣議アセスは事業アセスであり、実質的には計画中止はおろか、アセス結果による計画変更(ミティゲーション概念における「回避」又は大幅な「低減」)も考えられず、アワスメントと酷評されてきた。判断基準としては環境基準(○×方式)が用いられ、一般的な環境保全対策(主として「軽減」)は講じられたが、アセス手続きの過程において「回避」や大幅な「低減」がなされた例はない。

2.アセス法アセスの課題

しかし、アセス法アセスではより計画アセスに近づくことになる。判断基準として○×方式(環境基準はクリアするか、公的にその価値が認められた自然環境を台無しにしないか)に加えてベスト追求方式(最善の環境配慮・環境保全対策=ミティゲーションを講じているか、あるいは代替案との比較検討をしたか)を導入し、住民意見を早期にかつ広範に聞けるシステムが導入された。生態系、自然との触れ合いの項目も評価の対象になり、アセス対象事業の範囲も広がるなど、一定の前進と評価できる。しかしながら「ノーネットロス原則」は前提となっておらず、また代替案との比較検討も義務づけられていない。「回避」→「低減」→「代償」という優先検討順位も理念としては掲げられていても、その担保はなされてはいない。

3.条例アセス、要綱アセス

従前の閣議アセス、今日のアセス法アセスの対象事業は国の関与する巨大な公共事業に限定されている。それを補完するため自治体において条例アセスや要綱アセスもなされてきたが、それでも相当大規模な公共事業や巨大な民間開発に限定されている。またその運用や評価に関しても従前の閣議アセスと同様の問題を抱えていたが、こんごはその運用や評価はアセス法アセスに追随するものと期待される。

4.その他の個別アセス−港湾計画と公有水面埋立−

港湾計画の決定・改定にあたっては港湾法で一種の環境アセスメントが義務づけられており、また環境庁は港湾審議会の委員でもある。また公有水面埋立法でも「環境保全・・ニ付キ十分配慮」したものであることを要件とし、一定以上の規模のものについては「環境保全上ノ観点ヨリスル環境庁長官ノ意見ヲ求ムヘシ」とされている。閣議アセス、条例・要綱アセス以外に実施されてきた個別アセスの代表的な例である。

港湾計画でのアセスメントで埋立に関連するものは公有水面埋立法とアセス法アセスに先行する一種の計画アセスメントと位置づけられる。

ここでのアセスについても基本的に前節の瀬戸内法適用海域におけるものと同様の問題をはらんでいるし、瀬戸内法での「埋立の基本方針」に相当するものがない以上、「回避」や大幅な「低減」を法的手続き過程においても事前調整過程においても優先的に検討せしめることはもっと困難であったが、アセス法制定に伴いそれらの面はアセス法と同等の改善がなされると考えられる。

5.白地地域における「回避」

ミティゲーションの中で計画の中止や大幅な縮小、計画変更に相当する「回避」や大幅な「低減」は本来もっとも優先度の高いものであるが、従前は公開されたアセス手続きの中で環境保全の観点からそうしたことがなされたことはほとんどなかった。またアセス法ができアセス手法そのものが大幅に改善されたが、「回避」や大幅な「低減」がこの手続きの中でどの程度行われるようになるかは定かではない。

註:アセス評価に生物多様性や生態系の観点がとりいれられ、データの少なかった猛禽類の調査の結果、事業計画自体の変更を余儀なくされる事態も出現しはじめている。

しかしながら、それは環境保全の観点から「回避」や大幅な「低減」がまったくなされてこなかったことを意味しない。自然公園などの保護地域以外であっても、環境の質が高くわざわざアセス調査を行うまでもなく、環境影響が巨大と予想され大規模な反対運動が起こることが予期される場合は、それなりの「回避」や「低減」が環境庁や環境部局との調整の中でなされてもきた。しかし、それがどのようにどの程度行われてきたかは明らかではない。実質的な「回避」や大幅な「低減」は、日本の行政システムにおける密室での事前調整という慣行の中でなされるためである。おおよその調整のメドがついた段階になってはじめて公表され、アセス手続きに入ることが多く、これらの事前調整過程が公開されることは少ない。

しかし、これは或る意味ではきわめて安上がりなやり方という評価も可能である。

事前調整未了にもかかわらず開発部局が突っ走ったような場合に表沙汰になり、反対運動が起き、或る種の「回避」等を余儀なくされることがあり、その時点での環境部局の主張をとりいれた代替案によっても事態は難航するという事例もままある。

こうした白地地域における「回避」等を余儀なくされた代表的な事例を表5に掲げる。 (表5:白地地域における回避又は大幅な低減の事例)

新石垣空港の事例は、貴重なアオサンゴの群落の保護を焦点に反対運動が起き、位置の変更と規模の縮小を行った案を公表したものの反対運動は収まらず、国際NGOの動きもありついに白紙撤回したもので、現在も依然空港候補地をめぐっての迷走がつづいている。

藤前干潟の事例はかなり以前に決定していた港湾計画が時代に即さなくなったにもかかわらず、その延長線上で公有水面埋立手続きを強行しようとしたが、環境庁が不適当である旨の見解を公表したため出願を取り下げた事例である。環境庁意見は正規の法手続(運輸大臣からの意見照会)でなされたのでないこと、新石垣空港同様国際世論が背景にあること、取り下げた埋立案件は大規模な代償ミティゲーションを行うこととしていたものであることに留意すべきであろう。

三番瀬の事例もすでに港湾計画で決定している範囲内での埋立であるが、港湾計画に即した当初案では世論の動向や環境庁の感触から強行不可能と判断、事業者が自発的に計画を大幅縮小したものである。しかし、この計画でも反対運動は続行しており、未だ公有水面埋立手続きに入れる見通しは立っていない。

愛知万博の事例は法律上の環境アセスメントではないが、それに準じて実施したもので、NGOがアセスとは別の調査を行った結果、事業予定地域内で猛禽類の営巣が判明し、計画変更を余儀なくされた事例である。なお国際博覧会事務局は跡地利用(新住計画)について難色を示しており、事態はなお流動的である。

いずれの事例でも反対運動が活発になされていたことに留意する必要がある。

6.課題と展望

アセス法アセス対象事業は国の関与するきわめて大規模な公共事業であるが、その必要性や効果の判断は環境アセスの手続きの中では不可能である。すなわち、環境の価値が数量化されて明らかになったとしても、公共事業の必要性や効果との比較考量はアセス手続きの中ではできない。つまり、公共事業の計画自体についての政策決定・合意形成メカニズムとその評価システムが不明確であるところが、依然として最大の問題点であるといえる。

また、現実問題として上記アセス対象事業は、ひとつひとつの規模は大きくとも、数はそれほど多くはないから、国土の自然環境の劣化に果たしている割合は微々たるものであり、より小規模な公共事業や民間開発の積み重ねが環境劣化の要因のほとんどを占めてきたと考えられる。そうした意味でも小規模な公共事業に関しての簡易アセスのようなものが必要であろうし、それにも増して600兆円にも及ぶという国債地方債の発行残高を考えれば、徹底的な情報公開と市民参加による必要性・効果の評価システムの構築や次世代のことを考慮に入れた政策決定メカニズムそのものの改革が必要であろう。